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やすひさの独り言 Yasuhisa's Soliloquy 今一番伝えたい考えや想いをお伝えいたします

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2002/03/03(日) NO.267号 

国益実現に資する外交政策立案システム構築を

 1日午後、急遽「サンデープロジェクト」に出演する事になった。自民党前外交部会長として外交に関し話して欲しいとの事で、TV局からの案内にも「一連の外務省問題について」とあった。ちょうど番組後半に竹中大臣が出演される経済問題コーナーがあり、これにも続いて出演する事になる。
 今日、朝一番の飛行機で上京しスタジオ入り。番組が始まってみると、私が想定していた憲法上の外交の位置付けとか、政治と外務官僚の関係とか、外務官僚の人事制度、外交機密費の国会におけるチェックの仕組みなど、本源的問題に関するものは一切なく、専ら「鈴木宗男問題」に終始。しかし、タイミング的にもっともな事。
 民主党の原口代議士が北方四島支援問題とコンゴ問題における鈴木代議士のやり方と役割を説明。聞く範囲では証人喚問なしでは国民はとても納得できそうもない内容であり、私も「明日発表の外務省による調査結果に拘わらず、国会の場(証人喚問)で明らかにせざるを得ないだろう」と発言。
 しかし、その議論の過程で、私が外交部会長であった事について注文がついた。後で判明した事ではあるが、社民党の辻元代議士などは、私が今でもずーっと外交部会長であると誤解されておられるようだ。いわゆる「ムネオ・ハウス」やディーゼル発電施設などに関し、「支援対象とするよう外務委員会で鈴木代議士が質問していたとき、なぜ塩崎さんは自民党サイドで、外交部会長としてこの事を取り上げなかったのか?」と訊かれた。想定外の質問で、かつ時間的順序が不明確で理解に難く、我ながらいささか切れ味の悪い対応。
 しかし、私は2000年8月から2001年1月まで外交部会長であって、「ムネオ・ハウス」や初のディーゼル発電施設が完成したのは1999年度だから、私の部会長時代ではない。むしろ、番組でも言ったが、当時経済協力案件が、私に何の説明もなしに決まっていく事が新聞報道で分かり、「一体どうなっているのか?」と外務省に問い正すと共に、「自民党経済協力特別委員会マターと雖も、今後は主要案件につき一件ごとに部会長の私にも事前説明をして欲しい」と言ったくらいだ。当時から不透明な感じは十分漂っていたのだ。この際、鈴木代議士の証人喚問を実施し、彼にまつわるODAや外交がらみの不正など、不明瞭な事は全て明らかにすると共に、外務省を徹底改革し、更にこの上は、日本の国益実現に最も相応しい外交政策立案システムを構築するしかない。首相と内閣全体としてのリーダーシップが見える外交の実現だ。

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