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やすひさの独り言 Yasuhisa's Soliloquy 今一番伝えたい考えや想いをお伝えいたします

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2013/12/16(月) NO.781号 

感謝をこめて合掌

 昨日、知的障害を持つ皆様と家族の集まりである「松山手をつなぐ育成会」の恒例のクリスマス大会に向かう。実は、10月26日に同会のアクティブメンバーの一人を県立中央病院の無菌室にお見舞いにお邪魔したが、その後の病状について気になりながら国会等の忙しさかまけて確認できていなかったので、改めて昨日確認したところ、何と11月半ばにお亡くなりになり、18日に家族葬を済まされた事が判明。大ショックだった。早速ご自宅を弔問、ご霊前にお参りをする。

 亡くなったFさん。昭和25年3月生まれ。私と同年生まれだ。かつて乳がんを患われ、これは完治したとのご主人のお言葉だったが、2010年に「二次性急性骨髄性白血病」という難治な病に再び襲われる。今年10月23日に骨髄移植を受けるが、帰らぬ人となる。

 今から10数年前、駆け出し国会議員の私はFさんとの出会いに恵まれ、知的障害をお持ちのお子さんを持つお母さん仲間を何人かと、ご自宅のマンションでミニ勉強会を開催して下さった。以来、沢山の事を教えて頂き、政策要望も数々頂き、ありがたかった。

 その一つが、愛媛県には一台しかなかった障害児のためのスクールバスを増やすことだ。一台しかないバスに乗れない子供たちは、お母さん達が車で送り迎えをするか、遠い子供は小学校一年生から寮暮らしを強いられ、親子の絆にとって厳しい試練となっている、と聞いた。

 早速私は、当選直後の加戸愛媛県知事を知事室に訪ね、全国でもバスを一台しか持っていないのは5県しかない事をデータで示し増車の陳情を行い、知事もすぐに増車の決断をして下さった。

 もう一つ印象的だったFさんからの政策要望は、自らのお子さんが特別支援学校からの帰りに児童デイサービスを利用していたが、満18歳になると同時にもう児童ではなくなり、そのサービスを打ちきらなくてはならなくなるのは、せっかく相性の良いサービスに慣れた子どもたちのためにならないので、せめて20歳まで利用可能にして欲しい、というものだった。これは2010年12月の障害者自立支援法改正につながり、まさに「松山発の要望が全国の制度改正につながった」良い例となった。まさに「Fさん主導の法改正」だった。

 今年の10月9日付でお手紙をFさんから頂いた。県立中央病院の無菌室からの手紙だ。漸く適合するドナーが見つかり、10月23日に骨髄移植を行うことが決まったところだった。是非「ドナー休暇制度」を推進し、時間的余裕のない患者へ、会社での仕事の都合に関係なく、早期に骨髄提供ができる体制を作って欲しい、と面々と書き綴った手紙だった。

 昨日、その手紙を読み返して、末尾に、「私の最後の要望書です。・・・大変お世話さまになりました。」とある言葉の重みに、涙する。その時点で既に覚悟されていたのだ。無菌室で、握手もできないまま別れた事を思い出す。その時、Fさんは明るく、お元気だった。

 感謝をこめて合掌。

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