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日本経済新聞-2002年9月8日掲載記事

資本市場を活性化する -本物の日本版SECを 神髄は投資家保護の徹底-

金融危機と株安の連鎖を断つ足元の対策とともに、日本は金融・資本市場の再設計を求められている。「証券市場の改革促進プログラム」などに欠けた視点は、資本市場全体に責任を負う「市場の番人」の不在だ。塩崎恭久衆議院議員は、米証券取引委員会(SEC)のように強い権限を持つ「日本版SEC」創設の必要性を説く。

●「金融ビッグバン」宣言から5年、株価はバブル後安値を更新中です。総点検が必要では。

橋本龍太郎内閣の1996年の総選挙は行革選挙でした。自民党の公約は事務局や官僚がト書きを書くことが多かったのですが、あの時は事務局長の柳沢さん(伯夫氏、現金融担当相)が行革の部分をご自分で書き、金融・証券の部分を次長の私が書いた。英国の規制改革にならって「日本版ビッグバン」と命名したのは私たちです。
ただ、大蔵省は不良債権問題で手一杯、各業界は抜本改革に総論賛成、各論反対でしたので、財政・金融分離の大蔵省改革が発行して決まっていました。その後、選挙に勝った橋本さんが「フリー・フェア・グローバル」を宣言してビッグバンが始まりました。
資本市場の主な構成員は発行企業、仲介業者、市場開設者、投資家と監督者です。しかし、株式会社の仕組みを使って資本調達した企業が投資家の期待に沿って経営する前提で成り立っている資本市場の本質を、それぞれが十分に認識しているとは言い難い。

●金融庁が「改革促進プログラム」を発表しました。

今回のプログラムは、市場メカニズム自体に国民の信頼を得られていないことを認めるなど、率直な点は評価します。しかし同時に、ビッグバンがうまくいっていない、ベンチャー企業が育っていないのと同じで、企業や市場関係者、行政など、国民の文化に根差した仕組みの問題は資本市場全体を包括的に見る人がいないと、有効な政策が打ちにくいことを示しています。
プログラムを読むと、金融庁が自らそういうことを言っている。「機能別の行政組織を基本としつつ、証券市場行政を担当する部署間の連携を一層強化する」と言うのは、企画、検査、監督という機能別にしたことは正しいが、部署間は必ずしもまとまっていないと言っているのに等しいのです。

●「市場の番人」論ですね。

必要な政策メニューはそろっています。ところが、証券市場行政関係部署の連携強化の具体策では、証券市場行政統括を設置、総括官は全体を総括するとともに連絡会議を主催するという。金融庁の関係課長は当然そのメンバーだが、証券取引等監視委員会の事務局総務検査課長はオブザーバーです。今のままでは、資本市場政策全体の総括は金融庁だけではできない。要は、わが国には「ミスター資本市場」というべき行政マンが不在なのです。
監視委は法制上、大蔵大臣に八条委員会としてつながっていたが、今は総理大臣の下に金融庁と監視委がそれぞれぶら下がっている。総理大臣は金融庁長官に権限委嘱しているので、金融担当大臣に法政上の権限はない。市場監視が資本市場行政のオブザーバー的存在であっていいはずがない。行政のグリップが強い半面、行政は全体をみることができない仕組みはおかしい。銀行行政から独立し、ルール制定権と準司法的権限を持ち、投資家保護を第一義的な使命に、資本市場全体をみる監督者、日本版SECが必要です。

●銀行・証券行政には利益相反が起こり得ます。

銀行も株式会社であり、投資家がいる。不良債権処理先送りのよに、投資家にしわ寄せするような銀行行政には、本来、資本市場行政は注文を付けねばならない。それが同じ金融庁と組織の中で調整してしまい、いずれか強い方の考えが前面に出がちです。
資本市場で企業が適正に評価されるには、ディスクロージャーとそれを担保する公認会計士の監査がきちんと行われねばなりません。銀行ではかつて大蔵省の担当官が決算を承認しないと公認会計士はサインできなかったと会計士自身が認めている。監査が軽く扱われていたのです。

●なぜ、SEC創設の意見が通らないのでしょうか。

金融・資本市場行政の本質論と単なる組織防衛の論理とを、政治が必ずしも明確にしゅん別できていないからではないか。金融サービスの複合化で、銀行、証券、保険は一体的にサービスを提供する時代だから、監督も一体でいいと言われると、それはそうかもしれないと思いがちです。しかし、各行政間には利益相反が起こり得ます。
また、英国は金融サービス庁(FSA)が一体でやっているではないかとの指摘もありますが、プロフェッショナリズムが擁立した伝統の下で、それぞれやってきた自主規制機関をまとめた英国と日本とでは事情が違います。

●財務大臣が「バクチ場」と呼ぶ株式市場に、政府は国民を誘導しようとしています。

日本経済を元気にするには資本市場の活性化以外にない。日本人はリスク嫌いかというと、そんなことはない。しかし、国民はこわいから近づかない。「政治銘柄」などという言葉がかつてあり、インサイダー取引などが日常茶飯だったから、国会議員が株を持つのも悪だ、となる。一方で、個人投資家を増やせと政治家が育っても説得力に乏しい。いずれにせよ、資本市場行政の神髄は投資家保護の徹底です。
企業側は財務諸表の重みが軽く、経営者が感じる株主に対する責任は米国などに比べ弱い。投資家の企業評価に役立つ情報と実際の投資行動が結びついていない市場は健全じゃない。発展途上国状態の市場実態を変えるには行政が引っ張る必要があると思う。大恐慌の教訓から、米国はSECを作り、ディスクロージャーを徹底しました。

●米国は企業不祥事で、企業改革法を緊急立法しました。

米国の企業改革法は証券関係法から会社法まで幅広い内容を含んでいる。もちろん議員立法です。議会、行政機関(SEC)、自主規制機関(証券取引所)、大統領府がこぞって動いたので対応が速い。資本主義の一丁目一番地の資本市場の本質と重要性の認識が国民に行きわたっているのでしょう。
日本以上に金融の総合化が進んでいる米国で今回いろんな不正事件が起きたが、SECを銀行監督当局と一緒にしろという議論はない。むしろSECをさらに強化せよという流れです。

●与党の政策責任者として、どうしますか。

私が委員長を兼ねる党の金融調査会・企業会計に関する小委員会と法務部会・商法小委員会の合同会議でも検討し、担当分野について結論を出したいと思う。そこでは、コーポレートガバナンス(企業統治)、監査法人と公認会計士の独立性と責任、ディスクロージャーに加え、資本市場の監督体制の整備で「日本版SECの創設」を検討します。日本版SECの創設は経団連も今年5月に提言しています。