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中央公論-2000年 9月号

再生できるか自民党 われら倒閣も辞せず 自民党若手論客座談会

総選挙の結果が示したのは、いまや国民に見放された自民党の打ちひしがれた姿だった。もし執行部が再生に向けた努力をしないなら、われわれは倒閣も辞さない。


田原:総選挙で自民党は負けたと言っていいでしょう。いまや存在理由そのものが問われていると言えます。
そこで、今日聞きたいのは、自民党は再生できるのか。この一点です。みなさんは次代の自民党を担う若手ホープであり、「自民党の明日を創る会」の中心人物でもある。あえて執行部の神経を逆なでするような「会」をつくった理由はなんですか。
 
石原:現在にいたるも選挙の総括を行わない。しかも負けた選挙を勝ったと強弁するからですよ。つまり真摯な反省がない。大きな理由はそれです。
それと組閣にも呆れました。実力とは関係のない派閥の順送り人事。滞貨一掃の無気力極まりない内閣です。
さすがに若手議員の間に「放っておくと自民党は大変なことになる」という危機感が出てきた。拱手傍観するのではなく、われわれ自身が立ち上がって、なかから自民党を変えていこうということで、会をつくったのです。
 
田原:ところで、執行部はなぜ選挙総括を嫌がっているのですか。
 
根本:簡単です。執行部の責任問題に発展するのを怖がっているんです。
 
塩崎:みんなを一堂に集めてやると、負けたことを認めざるを得なくなるからですよ。執行部への批判が噴出するのは困るということでしょう。
 
石原:責任問題と併せて執行部が恐れているのは、路線論争が再燃することでしょうね。
自公保連立政権をつくって選挙協力をやった。その結果、自民党は関西では公明党に助けてもらって勝ちましたが、関東では自民党支持者の離反を招いて大物議員がことごとく落選しました。
いま総括をすると、それこそ自公保連立の見直し論争が起きかねない。それを執行部はいちばん恐れているのです。
 
田原:それで執行部はどうしようと。
 
石原:与党三党で安定多数の二七一議席を獲得したのだから、国民は自公保路線を選択したのだと押し切るつもりです。
 
田原:それは甘い。それで乗り切れるほど、世の中は自民党にやさしくない。三八議席も減らしたのだから。
 
塩崎:私もそう思います。自公達立に対する批判は、自民党支持者のなかでも六割近くあるのですから。やはりどこかで、「果たして自公路線でいいのか」という議論をやらなければいけない。
 
田原:その際に、「創る会」は「自公路線は間違いだ」と主張するのですか。
 
塩崎:その前に、まず連立の手続きにおいて問題があると思っています。
 
田原:そんなことを聞いているんじゃない。聞きたいのは「創る会」は、自公路線に明確に反対の声を上げるのかどうか。
 
塩崎:現実問題として「創る会」のなかには、自公路線に反対だとはっきり言うメンバーもいれば、公明党に助けてもらったメンバーもいるんです(笑)。
だから「創る会」のなかから、自公路線反対の声が先鋭的な形で出てくるかといったら、それはちょっと難しい気がします。
 
田原:なるほどね。根本さん、あなたは救われたクチですか。
 
根本:いえ、おかげさまで私は自力で上がってきました(笑)。
公明党の推薦はもらっていません。公明票が私の当選を左右したという状況ではないですね。

自民党は「偉大なるその他」
 
田原:いま執行部にいちばん、言いたいことはなんですか。
 
石原:時代感覚が完全にずれているということです。
いまの執行部になってからはとくにひどい。いつまでたっても、「あなたの地域に橋を架けてあげましょう、体育館もつくりましょう、補助金もドンとつけましょう」。
自民党の体質を臆面もなくさらけ出しでいるというか。都会に住む人間から見ると、皮膚感覚として受け入れ難い言動です。
介護保険にしても、六十五歳以上は保険料の徴収を半年間延長するとか、銀行のペイオフ解禁を一年間先進ばしするというのも姑息な選挙目当てにすぎません。
 
田原:それこそ、ばらまき政策だ。
 
石原:その通りです。相も変わらぬばらまき政治を続けることによって、構造改革も進まないし、国の借金はどんどん増えていく。
かつてのように、経済が右肩上がりのときは、ばらまき政治も許容できたが、いまはとてもそんな国力はない。
「経済効率を考えながら、社会的インフラの遅れた分野に優先的に補助金をつけていく」と言うならまだしも、「どんどん言ってくれ。じやんじゃんつけてやる」ではね。(笑)
 
田原:ばらまくとしたら、当然地方ですね。
つまり東京や大阪は、地方の予備費のために税金を巻き上げられるだけの存在にすぎない。大都市の有権者にしてみると、「何だこれは!」となる。
そこで聞きたい。東京選出の石原さんは、執行部に対して注文はつけたのですか。
 
石原:もちろんです。
たとえば、東京の場合、大企業が多いため国税を一人当たり150万円納めても、戻ってくるのはせいぜい10万円。一方、亡くなられた竹下先生の島根県は40万円納めて、戻りは80万円。これはおかしいんじゃないかと。
再三再四、「ばらまき政策は都市部ではマイナスにしかならないですよ」と、亀井静香政調会長に文句を言いましたよ。
 
田原:亀井さんの反応はどうだったの?
 
石原:話になりません。「おまえ本気でそんなことを言っているのか」と、まるで異星人を見るような目でしたね。(笑)。
 
田原:亀井政調会長も森総理も地方選出です。おそらく大都市部の選挙の大変さがわかっていないんだな。
 
石原:それもあるでしょう。
しかし、地方も変わってきています。今回、応援演説で地方に行ったときのことです。自民党のばらまき政策に対し、「確かに自分たちはいい思いをするかもしれないが、日本の将来はこれで大丈夫なのか」という反応が返ってきた。
ばらまき政治の限界が、ここにきてようやく地方でも認識されてきたという印象を持ちました。
 
田原:それは重要な変化だ。
 
塩崎:確かにそうした変化は起きてきています。事実、自民党のばらまき政治の弊害は大きいですよ。
ただ、私は自民党の都市政策の不備にとどまらない、もう少し違う見方をしています。今回の選挙における国民のメッセージはもっと根本的なところにあると思っています。
 
田原:なんですか、それは。
 
塩崎:自民党という存在はもともと、日本の有権者にとっては「偉大なるその他」だったのです。その役割を自民党が果たせなくなってきた。
それが今回の選挙における有権者のメッセージです。
 
田原:言っていることがよくわからない。その「偉大なるその他」って何。
 
塩崎:要するに共産党でもない、社会党でもない、公明党でもない。
つまり、そこに収まり切らない漠として膨大な国民の意識というのでしょうか。つまり明確に色分けされない「俸大なるその他」を自民党は吸収してきたのです。ですから、政策・主張ははっきりしないのだけど、その代わりきわめて柔軟というか。言うなれば、日本の文化を凝縮した政党が自民党だったのです。
だから、社会に広く深く根づいてきた。そうした強さを自民党は持っていたわけです。ところが、それが崩れ始めている。私は今回、10万8655票取ったのですが、自民党の比例票は6万2000票しか入っていない。個人票のわずか57%です。前回は78%取っていたのですから、自民党が誇った「偉大なるその他」が急速に崩れてきている。
これは大変なことですよ。
 
田原:なるほど。それが「俸大なるその他」ね。確かに崩壊しつつある。
 
塩崎:たとえば愛媛県の宇和島を含む四区なんて、個人票の53%しか取れていない。さらに郡部でも「もう自民党は嫌だ」という雰囲気なんです。
さっき日本の文化の凝縮ということを言いましたが、それが変わり始めている。つまりは自民党的なるものに対する「ノー」という意識が底辺で広がりつつあるのです。選挙ではそれが自民党そのものに対するノーという形で劇的に示された。
その原因は、自公連立や政権運営の問題などもそうですが、それ以上にやはり自民党の体質でしょう。国民の声を掬い上げるというよりは、政策を一方的に押しつけるというやり方。それは党内においても同じです。
例のそごうの問題にしても、党内議論は一切なく、政調会長を中心に結論を下ろしてくる。選挙総括にしても大衆議論にかけない。こういう密室的運営に対して、国民はノーと言っているのではないでしょうか。
 
自民党の存在理由とは何か
 
田原:なぜ自民党は選挙に負けたのか。国民にノーを突きつけられたのか。
石原さん、塩崎さんはいろいろ言ったが、ここではっきり言いましょう。それは自民党の存在理由がなくなったからですよ。自民党の存在理由とは、自由主義経済を守ることが第一。第二は日米安保条約を守ることです。しかし、冷戦が終わって、自由主義経済を守るという鮮明な旗がなくなった。安保にしても、何のために存在するのか国民はわからなくなっている。
いまや自民党の存在理由そのものが喪失してしまったのです。そのときに自民党に入ってきたのが、みなさんなわけだ。そこで、あなたたちはどんな旗、存在理由をつくりますか。
 
石原:まさにおっしゃる通りです(笑)。
旗がなくなったときにわれわれは自民党議員として政治家になった。では、現在、自民党が存在理由を自ら問いかけているかというとそうはなっていない。むしろ自民党の小さな村だけを守る……そんな袋小路に入り込んでいる気がします。それが、象徴的に現れたのが例の森首相の「寝ていてくれ」という発言です。総理も執行部もさすがに、時代が変わりつつあるというのには気づいている。
だからこそ、自民党の小さな世界を守ろうと、あの発言が出てきたのではないでしょうか。そう考えると、きわめて素直な発言ですよ、あれは。(笑)
 
田原:あの発言は「神の国」より効いた。
あれで無党派層が、「そこまで言われるなら、起きて投票に行こうか」となった。当然、自民党には入れないよね。(笑)
 
塩崎:あの発言で落ちた人がかなりいる。とくに都市部では効きました。
 
根本:それと公明党との候補者調整で自民候補を無理矢理引きずり降ろしたこと。あれで一気に自民党に対するイメージが悪化した。この二つが決定的でしたね。
 
石原:やはり政党というのは、田原さんが言われるように「二十一世紀の日本をどうするのか」という政党の存在理由を突き詰めて考える必要がある。
尽くされた議論ですが、「大きな政府」か「小さな政府」かという問題。あるいは米国追随型の外交政策でいいのかどうか。
国連中心主義と言いつつ、分担金こそ世界二位ながら、職員の数でいうと上から一〇番目にも入っていない現状でかまわないのか。
こういった国の将来にかかわる問題で、明確な理念と政策目標を掲げる必要がある。ところが、残念ですが自民党の政治家のだれも掲げていません。
 
田原:それこそ政治家の怠慢であり、退廃ではないか。いまや自民党に人はいなくなったということですか。
 
石原:世界を代表するリーダーと会うと、そう感じざるを得ません。
たとえば、亡くなられたイスラエルのベギン首相や引退された台湾の李登輝総統。こういう方々と話していると、自分の国を引っ張っていくのだという政治家としての決意が、ひしひしと伝わってくる。ところが、わが足元を見渡すとさびしい限りです。
かつては日本の政治家でも中曽根さんとか、竹下さんとかには国家観を感じることがありましたが、残念なことにそれ以降はそんな情熱、迫力を感じさせる人はいませんね。
 
田原:国家観ということでいうと、いまの政界で唯一、持っているのは自由党の小沢一郎さんぐらいでしょう。彼の評価はいろいろありますが、明確な国家観は持っている。
ところで、塩崎さんは自民党から立候補することに抵抗はありませんでしたか。
 
塩崎:ありました。私は自民党が分裂し、宮沢内閣が不信任に遭った九三年に出馬し、根本さんとは同期で当選したのですが、自民党の公認を取ろうか取るまいか最後まで迷いました。
 
田原:それは当然だ。
 
塩崎:それで一次公認にはならなかったのです。もともと申請していませんから。すると親父(塩崎潤)が「お前なんか金輪際、応援しない!」って、烈火のごとく怒りましたよ(笑)。
国民の私へのメッセージは自民党公認じゃないだろうなと思っていました。しかし、後援会はやはり自民党から出て欲しいと……。私もよくよく考えると、それが筋だなと。
 
田原:私は塩崎さんは、自民党のなかでもとても優れた議員だと思います。大いに活躍してもらいたいが、国民から見るとどうも家業を継いだようにしか見えない。鍛冶屋の息子が鍛冶屋になるように、親父が自民党議員だからぼくもと。塩崎さんの主体性が見えないんだよ。
 
塩崎:それは違います(笑)。親父からは「日銀にいようが、政治家になろうが、お前が自分で決めろ」と言われていました。
政治家になったのは自らの決意です。だから日銀を辞めて七年間、ドプ板に徹して地元を歩きましたよ。
 
田原:じゃあなぜ自民党なんですか。
 
塩崎:問題はいろいろあるけれど、消去法でいくとやはり自民党しかない。総合点では自民党が最も高い。ならば、自分は自民党に入って内部から変えていこうと思ったのです。それが今回の「自民党の明日を創る会」にもつながっていると思っていただきたい。
 
田原:それは親父さんの時代の話だ(笑)。
塩崎さんのお父さんの時代は自民党でよかったんですよ。日米安保を守ろうというのは自民党しかなかったのですから。
しかし、いまの自民党には理念もメッセージもない。あえて悪口をいうと、みなさんが自民党に入った理由は二つしかない。一つは当選しやすいから。二つめはいつか大臣になれるからですよ。そうでしょ、根本さん。
 
根本:そんな理由じゃないですよ(笑)。あのときは自民党が金権腐敗体質を厳しく批判されていて、私も青年層や女性から「自民党からだけは出ないでくれ」と言われました。自民党から出ないとすると、無所属で出ることになる。そして無所属で当選した場合どこかの政党でやることになります。そうなると、選択肢はやはり自民党しかない。私の政策理念を考えると自民党から出るのが、いちばん理屈に合っていると考えたのです。
 
人材は民主党に集まった
 
田原:みなさんの事情はわかりました。
ところで自民党の人材不足の一方で、民主党はけっこういいのが集まってきたね。
 
塩崎:今回の総選挙の特徴は、民主党にそれなりの経歴の持ち主が集まったということです。来年の参院選でもハイレベルの候補者をずらっとそろえられたら、自民党はかなりきつい。
もともと自民党は、野党に比べると優秀な人材を集めやすかったのです。リクルート能力は自民党が圧倒していた。ところが今回は、民主党に持っていかれた。旧態依然たる自民党には、自分たちが入る余地はないと見限ったんでしょうね。そうした人材が民主党に行ってしまった。これは相当、深刻に考えなければなりません。
 
石原:確かに今回は一流企業出身者が目立ちますね。興銀出身が四人もいる。
 
塩崎:大蔵出身だって四人います。人材の移行は政策立案能力の移行につながる。政策立案能力が民主党に移りつつあるということに対し、自民党はもっと危機感をもたなければなりません。
さすがに加藤さんもそのことは、かなり危機感をもったらしく、宏池会では候補者の公募を始めようと言い出しています。
 
田原:それはいいことだ。そうでもしないと、いまの自民党でいい人材はリクルートできない。皆さんの前では言いにくいんだけど、自民党は二世以外の人材がもっと出てこないとだめだ。
 
石原:そうした面は確かにあります。ただ、私自身は、父親の地盤を継がず、全く違う選挙区から出馬しました。後援会も一から自分でつくり、資金も自分で調達した。だから二世議員とは思っていません。ひとくちに二世といっても、良い面もあれば悪い面もあるのではないでしょうか。
 
塩崎:新人が立候補しようとしても、自民党の場合、県議会のボスとかいろいろあって、小選挙区ではなかなか公認を取りにくい。
そうした壁をうち破るためには、公認を取るための予備選挙をやるべきだと思います。そうすると二世であってもいい人材は通るし、だめなものは落ちる。実力本位の党に生まれ変わることができるんじゃないでしょうか。
 
自民党の「施し政治」
 
田原:話を戻します。いま欧米では、"第三の道"という名でいわゆる新しい形の社会民主主義を模棄しています。これから自民党は、どんな方向で再生をめざすのか。自民党はこの"第三の道"には行かないのですか。もともと自民党という政党は完全な社民主義ですよ。
 
石原:おっしゃる通りです。自由民主といいながら、実は大きな政府でやってきた。中央が集権的にあらゆる政策課題を地方、全国に施していく。正直に言うと、これが自民党の本質でした。
 
田原:社会党も同じです。企業を通して施すのか、労働組合を通して施すのかの違いだけですよ。
 
石原:ある意味でそれは歴史の必然だったのではないでしょうか。第二次大戦を経て、産業が壊滅し、階級社会が崩壊した。そこから立ち上がるにはまず経済至上主義に徹して、国民をどう食べさせていくかを考えなければならない。
そのためには中央集権的に物事を決めて、政策を施していく必要があったのです。しかし、冷戦崩壊後は自民党もこうしたあり方から変わる必要があった。
 
田原:でも変われなかった。
 
石原:野党に転落したときが絶好のチャンスでした。あのときに党是を決めましたが、憲法改正などのイデオロギー色の強いものになってしまったのです。
日本社会、日本の国民にとって自民党は、どのような存在になっていくかという、地に足のついた理念の話にはならなかつた。
たとえば、公共事業のばらまきをこれから一も続けるのか、高齢化のなかで老人介護、福祉をどのように考えていくのか。「大きな政府」に立脚してきた自民党の施し体質からの脱却をほかるのかどうか。全党的に議論すべきだったのです。
 
塩崎:ところが、自民党は歴史的な転換点を素通りしてしまった。そして旧来の「自民党的なるもの」を温存したままで、今回厳しい審判が下ったのです。
 
田原:石原さんは自民党の本質を「施し政党」であると言った。田舎にばかり施すと言うが、地方の名誉のために一つだけ言っておくと、都市部では道路やインフラの整備はとっくに済んでいる。いまやっと「施し」が地方に行っているわけです。
では、施し政党からどんな政党に変わるのか。塩崎さん、自民党はどんな政党を目指すの。
 
塩崎:う-ん、みんなけっこうバラバラだと思いますね、その部分では。民主党の議員と話していても、かなり似ている人もいれば、自民党議員でも違和感のある人がいます。
ただ、ほとんどの部分で民主党とは重なっているのではないでしょうか。だから、これまでのように他の政党と一線を画して、自民党の旗印を鮮明にするというのは難しくなっていると思います。
 
田原:じゃあ、「自民党を当選させなかったら公共事業はこないぞ」と脅す野中・鈴木(宗男)流政治に対して、あなたたちは何を対置するのか。
 
根本:厳しいご指摘ですが、有権者がいちばん見ているのは結局、政治家の姿勢、資質です。
まかせるに足る人物かどうか。そのうえで、私は政治家主導の政治を目指すということを訴えたいですね。
 
田原:甘いなぁ。はっきり言うけれど、官主導から政治家主導に変わって、この国がよくなるとは思えない。いまの政治家にそんな能力のある人間がいますか。
 
根本:だからこそ、政治家の資質が問われていると思うんです。
 
塩崎:確かにこれまで政治が官僚に隷属してきたのは否めません。今後求められるのは、政治家と官僚がいい意味で役割分担を果たすことでしょう。
つまり、税金や金融制度など、行政のプロたる官僚の意見を聞きながら、社会全体を見潰して最終的に判断するのが政治家です。このシステムをつくらない限り、いくら政府主導といっても迫力がない。
 
田原:塩崎さんの言うように、政治家が官僚に使われてきたんですよ。
たとえば、バブル崩壊が始まった九二年に、宮沢総理(当時)は公的資金を投入して不良債権を処理しようとした。すると大蔵省が猛反対する。そこで、宮沢総理は大蔵出身の浜田卓二郎を使って、強行突破を図ろうとしたが、浜卓は大蔵省に完敗するんですよ。浜卓に聞くと、「こっちが書類を出して説得しようとしても、翌日にはその何十倍もの資料を大蔵省が出してきて、すさまじい迫力で反対の論陣を張る」というわけです。
ま、バブル経済の主犯は大蔵省、これにだまされたバカが自民党という構図です。
 
塩崎:情けない限り(笑)。官僚にいいようにやられているのが自民党政治です。
 
そごう倒産と政治の迷走
 
田原:政治主導で言うと、そごうの問題があります。当初、金融再生委員会は国税を使った債権放棄で乗り切ろうとしたが、国民の猛反発を食った。そこで亀井政調会長が土壇場で動いて、最終的には、そごう倒産、民事再生法の申請という形に収まったわけです。
しかし、そこに至るまでの迷走は、またしても政治不在を印象づけました。もとはといえば、政府が長期信用銀行をアメリカのリップルウッドに売却したことが発端です。そのときにそごうの事態を予潤した自民党政治家がいましたか。一人もいなかった。
 
塩崎:そんなことはありません。われわれは知っていました。問題になっている瑕疵があれば買い戻すという条件つきの売却であるということは、わかっていましたよ。
 
田原:それは違う。みなさんの親分の加藤鉱一さんは「知らない」と言っていましたよ(笑)。
この前、中川官房長官に会ったときに、「知っていたか」と聞くと、やはり「いや、知らなかった」と。野中さんもしかり。一体なんですか、これは。
 
塩崎:それは、あの人たちが勉強していないだけの話でしょう。(笑)
 
根本:長銀売却の際に問題になったのは、あの時点で切り分けられない二次ロスをどうするかということでした。
そのリスクを埋めるために瑕疵担保特約を入れたんです。その条項に則って、金融再生委員会は債権放棄に応じたわけですが、確かに今回の運用はおかしいと思いました。
 
田原:ちょっと待って。なぜ堀庇担保特約を入れなければいけなかったのですか。
 
塩崎:それは、何が起こるかわからない国有銀行を民間に引き取ってもらうのだから……。
債権が目減りしたらもう一回、国が買い戻しますよという約束が必要だったのです。
 
田原:だから、なんで必要なのか。経営破綻のつけを、なんで国民に回すのか。
 
塩崎:待ってください。国民につけを回せばいいなんて約束していません。瑕疵担保が戻ってきたときに、必ず国が債権放棄するとは明記していない。
 
石原:私は、瑕疵担保特約がつくられたときに、これはおかしいと思いました。金融再生法の三条に抵触するのではないかという疑念を持ちましたね。
 
田原:なぜ議論をしなかったの。
 
石原:一方的な報告で終わりでしたから。
 
田原:柳沢委員長が決めた?
 
塩崎:いえ、越智委員長のときですね。
 
田原:あの手心発言の越智さん。越智さんなんて、自分も何が問題なのかわからないでやったんでしょう。(笑)
 
塩崎:そこがまさに自民党的なんですよ。そうした姿勢がノーと言われているんです。役人の上げてきた案に、なんの疑問も持たないで乗っかってしまうという。
 
田原:根本さんは、長銀をリップルウッドに売却したときに、国民の税金を使うことがあると予想していましたか。
 
根本:あり得るとは思っていました。
 
塩崎:私は債権放棄まで国がさせられるとは、ちょっと思っていなかった。だから、そごうは一度、白紙に戻して会社更生法か民事再生法で処理すべきだと、谷垣金融再生委員長にも相当強く、迫りました。
 
田原:そごうの処理は総理大臣が決するほどの問題なんですよ。だからわれわれは政府があくまで白紙撤回をしないならば、倒閣運動も辞さないと表明した。
相当の覚悟で対処したつもりです。
 
まだ与謝野さんはましだった
 
田原:確かに今回は、自民党の若手の危機感がそごう問題の白紙撤回を実現したと言える。
なんとか政治家が最後にリーダーシップを発揮してそごうを乗り切った。しかし、根本的な問題は依然として解決されていません。
いちばんの問題は、国民のなかにある漠然とした不安。いまの大人は、自分たちの子どもの将来がいまよりハッピーになるとは誰も思っていない。年金、福祉、財政……。ジリ貧ではないかと。みなさんはどう答えますか。
 
石原:月並みかもしれませんが、やはりIT(インフォメーションテクノロジー)を、社会の隅々まで行き渡らせることが急務でしょう。そしてオールドエコノミーをITを使って活性化する。これは相当のことをやれると思います。
だから私は、田原さんほど日本の将来を悲観していません。たとえば、いまやかなりの家庭に普及しているファックスにしても、シェアでは日本がトップです。こうした技術はほかにもたくさんありますよ。
 
田原:ということは、日本は経済成長できると石原さんは思っているわけだ。
 
石原:ええ、日本はまだまだ発展する。
 
田原:何%ぐらいですか。
 
石原:マックスで三%はいけるでしょう。
 
田原:三%ぐらいじゃ、石原さんの描く二十一世紀は無理だ。四%、五%いかないと子供たちの未来は開かれない。
 
石原:そのためにはIT以外に、もう一つ産業の柱が欲しい。
 
田原:おそらくそれは構造改革だろうね。経済を本格軌道に乗せるためには、構造改革に手をつけなければならないでしょう。そこで、塩崎さん。何をやりますか。
 
塩崎:石原さんと根本さんと共同でトータルプランをつくったのですが、最大の問題は巨大な不良債権です。
これはなんと対GDP比でみろと1930年代の昭和大恐慌のころの不良債権の三倍以上ある。ここからスタートするのですから容易ではありません。もちろんつぶれる銀行も出てくるでしょう。
問題は、銀行を二つか三つつぶしただけで、お茶を濁してしまったことにあります。中途半端なままに構造改革を終わらせている。ゼネコンなどその最たるものですよ。
 
田原:塩崎さんの憤りはわかるが、政府の基本方針は、既存の企業をいかに守るかですよ。これが一番のネックになっている。
つぶれるべき企業にはつぶれてもらう。そして経済の健全性を回復していく。これが構造改革だが、この切り替えができていない。
 
塩崎:政府も通産省も本気で構造改革をやろうとしていない。サボってきたわけです。
いい産業、成長カのある企業は残す。しかし、もはや競争力のない企業、再起不能な企業はつぶしていく。ここをクリアしないと、いくら方針を並べても構造改革は実現しませんね。
 
田原:ところが自民党はあいかわらず、中小企業対策と称して、企業の内容を精査することなく三〇兆円もの融資をしています。あまりにも一環性がない。前はそんなにひどくなかったと思いますよ、通産省も。
与謝野馨さんのときは、結構節が通っていた。ただ、大臣が代わってからおかしくなってきた。またズブズブの自民党に戻ってしまった。
 
根本:この一、ニ年というもの、景気対策優先、緊急避難措置といううたい文句で、橋本内閣が掲げた六大改革(経済構造、財政構造、金融、社会保障、行政、教育)の改革が先送りされてしまっているのが問題です。それがいまの閉塞感を生んでいるのではないでしょうか。
 
なぜ加藤はだらしなくなったのか
 
田原:その六大改革を実現したとして、日本はどんな国を目指すのか。このことを考えたい。
一つの方向が「強い国」です。アメリカの顔色をいつもうかがったり、中国に行ってはペコペコ謝ってばかりの国ではなく、もっと自立した国になろうと。
これは石原さんのお父さんや政治学者の中西輝政さんなんかが言い出しています。みなさんは賛成ですか。
 
塩崎:賛成です。
 
根本:私も賛成ですね。いまの日本は芯のない国になってしまっているから。
 
石原:私は、強い国家という抽象的概念よりも、田原さんの言う「自立」という考え方を重視します。まずは自立に伴う自己葺任のある国にしていくことが大切だと思いますね。
 
田原:それなら石原さん、あなたは小沢さんと一緒になるべきだよ。彼が日本で唯一、政治家では自己責任を唱えている。
 
石原:しかし、小沢さんの言う国防にはちょっとついていけないなぁ(笑)。ただ、言うことの筋は通っていますね。
 
塩崎:実際に経済政策は共感を覚えるところが少なくないですよ。
 
田原:なるほどね。じやあ聞きたい。小沢さんのような人がなぜ、自民党にいないの。
 
石原:それはね、田原さん、小沢さんが自民党を飛び出たから言えるんです(笑)。自民党にとどまっていたら、きっと野中さんみたいなタイプの政治家になっていますよ。
 
田原:そりやそうかもしれない(笑)。それにしても自民党には人がいないね。
 
塩崎:だから本当は加藤さんなんかに、もっとそごうや構造改革の問題でどんどん発言してくれと言ってるんです。
 
石原:そごう問題を見ても、この間のYKKは言いそびれていますよ。
 
田原:いや、YKKはいまや.「老いたる海」なんですよ(爆笑)」野中さんの前に、あなたたちはまず加藤さんをつるし上げないといけない。ところで、なんで加藤さんは変質したんですか。
 
塩崎:それはやはり、派閥をまとめていかないといけないからでしょうね。ただ、加藤さんはそこに留まっていてはいけない人だとは思いますが。
 
田原:たまたま皆さんは全員、加藤派ですが、なんで加藤紘一はこれほどだらしなくなったのか。
 
根本:僕は加藤さんがだらしなくなったとは思いません。自民党総裁選を戦ったあたりから、相当はっきりしたメッセージを出すようになりましたよ。
 
塩崎:加藤さんが幹事長時代には、プロジェクトチームがいっぱいできて、まじめな議論を若手も含めてやったんです。
 
石原:そうですね。あのときは自民党も変わろうとしていた。
 
根本:加藤幹事長時代は、とにかく政策を突っ込んで考える、政策論争を通じて政治家が引っ張っていくという雰囲気がありました。経済政策をどんどん打ち出していましたから。だからわれわれも、いろんなことをやれたんです。
 
塩崎:政治家が主導して大蔵省改革もあの時代に断行したんです。それがいまや、自公保三党の政策着任者で決めたことがドーンと下りてくる。いつからこんな党になってしまったのかと言いたい。
 
田原:それは小渕さんからじゃない。でも、「創る会」を結成したのだから、みなさんはもう総裁選で加藤さんには投票しないでしょうね。
 
根本:僕は入れますよ。(笑)
 
塩崎:加藤さんが本気で構造改革、自民党改革をやるというなら、全力で応援します。
しかし、いまのような状況を追認するなら、考えざるを得ないでしょうね。そのときは「創る会」として独自候補を立てることも考える。
ちまたでは石原伸晃や田中真紀子の名前が上がっていますが、パワーのある役者であれば誰でもいい。当面の決戦は年末の組閣。そのときにわれわれは、森総理に「また派閥順送り人事をやるつもりですか」と迫る。それでも変わらないと倒閣も辞せず……。
 
田原:まあ、がんばってください。(笑)