トップ > マスコミファイル

マスコミファイル MassMedia File 塩崎やすひさに関する取材、記事をご覧いただけます

  • 全タイトル一覧
  • バックナンバー

週刊東洋経済-2000年10月21日号

資本市場強化策を断行すべし 日本版SECを創設せよ

週刊東洋経済 2000年10月21日号

9月中旬、豪州と米国で多くの金融当局者や投資家たちと議論をしてきた。彼らの日本に対する見方を総合すると、「いかに合従連衡しようと、当面日本の銀行には期待できない」という冷ややかなものだった。

日本経済の病巣は総額八十兆円の不良債権を抱えた銀行システムの機能不全にある。この不良債権額は我が国GDPの十七%に相当するが、米国の大恐慌や昭和恐慌のときの同比率が三%程度だった事実と比べても極めて深刻だ。
金融のチャネルには、直接金融と間接金融の二つがあるが、今のように銀行貸出が機能しない場合には、資本市場を通じた直接金融に頼るしかない。これは、1990年代前半の米国の経験が証明済みだ(グラフ参照)。当時米銀の不良債権問題が深刻化する中、銀行貸出に代わって資本市場が企業の資金調達を代替することでニューエコノミーの基礎が築かれたのだ。

我々に欠けている視点は、当面銀行貸出が機能しない中で、いかにIT革命に参画する民間企業のための資金調達手段を強化するか、ではないか。

そのためには、一部のゆがんだネットバブルを生んだ我が国の資本市場は、なぜこれほど脆弱なのか、海外から向けられている我が国の資本市場制度に対する不信感の根を、一つ一つ取り除くことが大切である。折しもダイエーの例で明らかになったように、「ルールなき賭場」と揶揄されるような日本市場のあり方とは訣別すべきだ。改革すべき三本柱は、商法の株式制度、日本版SEC、包括的金融税制である。

アメリカ企業の資本市場調達と銀行借り入れの推移

商法抜本改正の前倒し

まず根本的な問題は、会社法の株式制度であり、可及的速やかに最低純資産額規制は廃止すべきだ。

商法上、一株当たり最低純資産額が五万円であることからベンチャー企業の株価は馬鹿馬鹿しいまでに高い。例えばヤフー株は最高約一億円までに高騰したが、こうした異常な市場形成が、浮動株比率の低さと相まって、ベンチャー株の流動性を損ない、高い信用残から買い手不在のまま急激な株価下落を引き起こしている。また高株価ゆえに市場取引ボリュームが極端に低く、相場操縦やインサイダー取引を助長しかねないという市場コンフィデンスに対する懸念も深刻だ。

つまり、商法の最低純資産額規制等が株式の適切な市場形成を阻害する原因になってしまっているのだ。さすがに最近、法務省も抜本的商法改正に向け重い腰を上げたが、今のスケジュールでは、2003年以降の施行にすらなりかねない。
最近、法務省に加え通産省までが、新商法施行までは、便法として「マネックス証券等が行った『一円増資』でも、株式単位を引き下げることはできるではないか」と主張している。しかし事実上、これは会社が未公開の段階で使える手段に過ぎず、問題の根本解決にはならない。そもそも株式分割は株主の権利に不利益を与えるものではないし、現在、総会決議事項となっている、株式分割における授権株式数の比例的な変更のための定款変更も、取締役会決議のみで十分ではないか。

また、最低純資産額規制を廃止する場合、単位株式制度も終結させる必要が生じるが、株式分割に限らず会社設立、株式併合、抱合せ増資、合併等における出資単位規制の撤廃それ自体に異論があるというより、上場公開企業三千社に上る単位株制度の終結にかかる実務コストの問題がネックとされている。そうであれば、最低純資産額規制の適用廃止と単位株の終了はセットにして、各企業に選択させる扱いとしてはどうか。今後、新設される会社や、設立後社歴の浅い会社(81年以降設立した会社など、単位株制度を利用していない会社)、まさにベンチャー企業について、即座に株価を引き下げ株式の流動性を高め、その資金調達力を飛躍的に引き上げることがまず重要である。

古い大企業の新制度対応に伴うコストや手間を重視するあまり、新たな企業家を犠牲にすることが許されるだろうか。このような重点項目は議員立法によってでも、是非とも来年の通常国会提出、平成十四年施行を目指すべきだ。

新金融庁の体制の問題点

さらに、今の金融庁の行政組織では、明確なルールを備えた公正かつ効率的な資本市場を一元的に育てるための強力な企画・監視・執行体制という点で決定的に不十分だ。

この点、与党の一員として自ら賛成して来年1月に始まる中央省庁再編の仕組みに今となって異論を唱えるのは「天に唾する」話かもしれない。しかしそれでもあえて政治家としての反省を込め、また一部の非も認め、ここで「日本版SEC」創設に向けた組織再編の提案をしたい。
ここ数年、バブルの責任論が問われる中、金融行政失敗の反省から行政組織見直しが相次いだ。しかし金融庁では、金融担当大臣の下に企画立案と検査監督という二つの機能が単純にドッキングされた。業態をタテ、機能をヨコとすれば、タテヨコを変えただけで、全体としては再び大蔵省時代の体制に逆戻りしている。また実態上も職員の大部分を大蔵省からの人材輸入に頼ることとなっている。そこで次の三つの疑問がある。
第一に、検査監督の客観性は再び保てなくなる可能性が強い。実際、そうした観点から不適当と見られる発言をしたことが原因で、金融再生担当大臣が辞任を余儀なくされたことは記憶に新しい。「良き人治」に期待する制度との訣別が必要な点は言うまでもないが、そもそも企画立案に大臣は必要だが、検査監督に大臣が直接かかわる国は先進国では見当たらない。

第二に、資本市場に関する体制・陣容が極めて脆弱だ。組織的にも証券市場関連行政は、総務企画局、監督局、検査局、証券取引等監視委員会の四部門にバラバラに埋め込まれている。これでは技術革新や変化の激しい資本市場における効果的な対応は難しい。

第三に、98年3月期決算時に行われた株式評価の原価法選択適用容認のような会計基準の恣意的な運用の危険も大きい。銀行監督と、企業会計基準の設定・運用が大蔵省という一つ屋根の下に混在したため、結局「会計の健全性」の論理が負けてしまった、という制度的欠陥は、実は金融庁になっても改まっていない。企業財務担当官は、金融破綻を担当する信用課と同じ局に置かれるのだ。これでは来年4月以降に企業会計基準設定主体が民営化されても、金融システムへの配慮といった大本営的な大義名分によって、会計基準は再びゆがめられかねない。
同じ過ちは繰り返すべきではない。そのためには、資本市場全般を監視する機能を一元化したうえで金融庁からも独立させ、「日本版SEC」として機能を強化することが王道ではないだろうか。

英国でも証券は金融庁と別機関

証券市場の監視機関を銀行監督や財政から切り離して行うことを、米国のSEC(証券取引委員会)に倣い日本版SECなどと呼ぶ。実はこの方式は米国に限ったことではない。金融ビッグバンの国、英国でも同様だ。

英国の金融監督庁(FSA)は、シティの民間規制団体を一元化した組織であり、取引所、証券会社等に対する業者監督を行う。しかし市場における事業法人のインサイダー取引や財務諸表の不実記載等を取り締まる任務は、大蔵省やFSAではなく貿易産業省の会社法捜査局が担っている。この理由は、英国では民間の策定した会計基準設定に基づく財務諸表を会社法会計としており、その会社法を所管する貿易産業省がインサイダー取引等の権限を行使しているからだ。

このような例を見ると、我が国の証券市場の監視も広義の金融だから金融庁が銀行行政等と併せて行うべき、との考え方は、必ずしも当たらない。その国で最も実効的に機能する姿が最も望ましいのである。第一に、日本は戦後、会社法や証券取引法の基本的な法制を米国から継受してきている。第二に、時価総額400兆円に上る株式市場で、バブル崩壊後メインバンクや国内証券会社の力が弱まる一方、国債よりも格付けの高い事業法人や、外資系証券会社が市場をリードしているなど、「あうんの呼吸」が通用した従来型の業者行政スタイルでは市場の監督が難しくなっている。

第三に、今後、銀行の監督手法は金融システム全体のコントロールという視点から内部的なリスク管理体制の監視に重点が置かれる一方、証券市場は「ベカラズ集」である行為規制に則り統一的かつ厳正な摘発というファンクショナルな監督の徹底が求められており、両者の基本的方向が異なる。

証券市場監視の集約化・独立

実際、証券市場の監視機能を集約・独立させることは、効果的な証券行政の機能発揮のために役立つ。

第一に、今後「業法としての証取法」ではなく、事業法人や一般投資家に対して行政が注意喚起や警告を発する「一般法としての証取法」として市場監視やルールを強化するためには、一元的組織の方が機動的に動きやすい。例えば、ネットを用いた発行会社による直接募集、ネット取引などは、従来の業者行政の枠組みでは対処できない。

第二に、日本の資本市場への信認を維持するための戦略を練るコントロールタワーが必要だ。取引所の株式会社化、ナスダックジャパン、マザーズ等に加え、ECN(私設電子取引所)などグローバルな市場間競争が激しくなる中、「市場の分断」が生じないよう対策を講じる必要もある。そのためには法の立案と執行は一体化することが望ましい。

第三に、司法とのかねあいだ。証券業は登録制をとっていることに加え、インサイダー取引や相場操縦、不実記載など証券にかかわる問題の多くは司法の場で決着させる。司法の場で積み重ねられた判例と整合的に行政を運用することが、証券市場監視を行う上で肝要であるため、証券行政は、銀行や保険と異なり、業としての監督の余地は少ない。この枠組みが機能するには、会社法や証券法の弁護士が増え、司法が使いやすくワークすることが前提だが、機能を集約しても、行政内部で「もみ消される」可能性は銀行行政と比べて少ない点は指摘できよう。

第四に、来年4月、民間の会計基準設定主体が創設され、広く民間企業等から出資を募った独立の民間主体が会計基準を策定することとなる。会計への信頼を取り戻すためには、会計基準設定を民間が行うだけでなく、所管する行政庁自体も、金融庁の銀行担当部署等から切り離し、証券市場における情報開示という使命がゆがめられるおそれがないよう、その使命に専心できる組織に位置づけるべきだ。

具体的には、内閣府に国家行政組織法第三条に基づく「証券取引委員会(仮称)」を新設し、金融庁総務企画局市場課、企業財務担当参事官室および企画課の一部、監督局証券課、検査局、証券取引等監視委員会等の機能を集約する。「証券取引委員会」は、金融担当大臣の管轄外とし、過去の過ちは再び起こさない決意表明とすべきだ。

商法見直し、日本版SECに加えて早急に金融税制全般の見直しの議論に取り掛かるべきだ。現下の確定拠出型年金や株式申告課税移行の問題にしても、すべて金融税制体系のビジョンが欠如しているという点に帰着する。預貯金、株式、年金、保険など貯蓄全般について、損益通算や他所得との合算の実施、年金等に関する所得控除枠などの包括的見直しを行い、預貯金に偏った現状から、国民が多様な投資を選択することができる制度を目指し、税制の目指す大きな方向性と、明確なスケジュールを示すべきだ。税制見直しは、資本市場強化の必要条件である。

新たな金融・証券の規制・監督体制に関する素案