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週刊東洋経済「視点」1999年3月27日号掲載

「債務の株式化」(デット・エクイティ・スワップ)を導入せよ
過剰債務解消の第一歩は、既存債務と株式の交換から

週刊東洋経済「視点」1999年3月27日号掲載

週刊東洋経済
1.「真の問題」を直視すべき

昨秋の金融国会終盤以降、永田町や霞ヶ関は、今から一年ほど前の雰囲気とは様変わりだ。トータルプランの時には、我々自民党政治家がリーダーシップをとり、関係省庁、金融機関等民間サイドとの建設的な関係の下で様々なアイディアを議論した。そして、政治家でなければ超えられない壁を幾つも越えながら、不良債権問題という日本経済の「震源地」への切り込みが連日連夜行われていた。

昨年度末に決算対策としてなされた株式評価の原価法採用など一連の政策対応は、海外から「アカウンティング・コスメティックス<会計上の粉飾>」との失笑を買った。それに対し、「わが国の政策立案能力に対する国際的な信認を傷つけてはならない」との我々の熱い思いがバネになり、あの金融国会が生まれ、そして銀行の国有化に至ったのである。それに比べ、最近は、現下の日本経済の本源的な問題解決のための政策を作る「舞台」もはるかに乏しく、ましてや痛みを伴うサプライサイド改革の議論に至っては回避される傾向が強い。株式持ち合い解消圧力に対する市場対策や、含み益等の会計上の操作、果ては日銀の国債引き受け等の安易な公的資金導入論などばかりが先行してしまっている。

こうした提案は、日本経済の真の問題であるサプライサイドが抱える「3つの過剰」、すなわち、過剰債務、過剰設備、過剰雇用という早期解決が待ったなしという現実を直視していない。表面を取り繕うだけでは、結局改革が先送りされ、中長期的な経済的、社会的コストが無為に膨らむだけだ。それを「深刻な危機感ゆえの提案」と言うのなら、問題の中心にある企業のサプライサイドにストレートに税制等を通じ公的資金を投入するほうがはるかに効果的で、また信頼をかち得る王道でもある。

今月下旬には総理直属の「産業競争力会議」が発足するようだ。同会議はもちろん、政官民あげて知恵を絞り、一日も早く結論を得て「真のサプライサイド改革推進の動きがようやく本格的に始まった」とのメッセージを世界に伝えなければならない。

2.人が前を向く政策を実行する時

経済再生のためには、サプライサイド改革、ミクロでの企業再建が不可欠である。債務、設備、雇用の諸側面で、リストラ環境を制度的に整備していくことが必須だ。

その筆頭は、企業形態の選択の自由化である。具体的には、2001年から導入が決まっている連結納税の導入前倒し、株式交換・スピンオフ等を通じた持株会社移行、パートナーシップ制度導入などだ。低コストによる企業形態のフレキシブルな選択が可能になることは、経営者が非効率事業の整理を促し、成長分野へ重点的にカネとヒトを誘導するために不可欠である。

経営者も、大企業の看板を捨て「分社化」を導入し、グッド会社とバッド会社を分けて、競争力を強化しようと変化し始めた。日本の産業競争力のネックとなっている、働きの差を反映しない実質賃金の適正化を行ううえでも、喫緊の課題だ。これを実施するうえで問題となる子会社株式分配の商法上の可否や譲渡益課税等については、過去の発想のまま行政や法制審議会等での議論の順番待ちをしている余裕はないはずだ。政治のリーダーシップで、一刻も早く取り組むべきだ。また、投資促進税制や設備廃棄税制等のインセンティブも大幅に拡充する必要がある。

雇用情勢も、もう一段深刻化すると覚悟せざるをえない。そうした場合を想定して、雇用調整給付金のような受け身型の施策から、職業訓練・紹介等の前向き型の施策へ重点を移すべきである。また職業訓練・紹介の民間委託を図るなど、雇用対策支出の効率化も必要だ。「雇用のセーフティネット」という働き手の潜在力を失わせる施策、後ろ向きの対策よりも、人々が前に向かって進むことを助ける政策を実行する時だ。

3.改革の前提となる債務削減

サプライサイド改革を行ううえで、最大のネックは過剰債務の問題である。我が国の銀行の不良債権の裏側にある「企業の不良債務」の水準は世界史でも突出した高さだ(図表)。単純な比較はできないが、この債務の重圧は過去の中南米等の累積債務国に匹敵しよう。そこでいかにモラルハザードを惹起せずに債務の重圧を取り除き、フレッシュスタートを促すかが、経済全体の再生を図るために最重要の鍵なのだ。

日米の不良債券規模の比較



4.二分類の復活が最大の景気対策

柳沢伯夫金融再生担当大臣のリーダーシップの下、銀行部門は国有化や資本注入を梃子に、本格的な構造改革が始まろうとしている。次はまさに企業の番だ。

東芝のように抜本的なリストラ劇の幕は、すでに上がった。背中をグッと押せば、突破口が開くところまできている。そうした中、構造改革に伴う痛みの予感とかすかな利益の可能性にとらわれ、踏ん切りがつかない経営者には、環境を整備して決断をしやすくするのが政治の役割である。今こそ、そのチャンスだ。

まず債務の重圧を取り除く政策として、すでに中小企業や個人を対象とする特定調停制度の創設に向けて議員立法が動き出した。また、昨年のトータルプランを受けて再建型倒産法制の見直し作業が進んでいる。

しかし、肝心の約80兆円の二分類(グレー)企業対策に、依然手つかずだ。どのように扱うべきかは銀行任せの状態で、国有化銀行ですら方針が定まっていない。その理由は、一言にグレー企業といっても黒に近いグレーと白に近いグレーがあり、どこで線を引いて再生可能な事業を選び出すかが難しいからだ。

我々は、白に近い企業や存続可能な部門を選別して、その債務の重圧を解いて再建を支援するべきだと考える。ゼネコンだけでなく、製造業や流通業も含めた二分類企業、ひいては産業全体の再建を図る支援策が必要だ。これらの企業がやる気を持つことが、最大の景気対策である。

5.デット・エクイティ・スワップ

英国では、70年代半ばに中央銀行のイングランド銀行が主導してロンドンアプローチと呼ばれる企業再建の支援が行われた。この中でデット・エクイティ・スワップ(債務の株式化、すなわち既存債務と株式の交換)という債務削減手法が用いられた。米国でも、同様の手法がメイシーズ(百貨店)、サウスランド(セブン-イレブン運営会社)、LTV(全米三位の鉄鋼メーカー)、TWA(航空)等の多様な業種で、チャプター11という再建型倒産手続とともに活用されている。こうした有名企業がかつて倒産し、何事もなかったかのように立ち直っていること自体、我々には新鮮な驚きである。

この手法の特徴は、大口債権者が主導権を持ち、再建企業の大口株主としてモニターを継続する点だ。また多くの経営ノウハウを持つ旧経営者は再建後も地位を確保する。さらに大口取引先とデット・エクイティ・スワップを行えば、垂直型企業買収と同一の効果があり、産業の再編にもつながる。

我が国の企業の過剰債務にデット・エクイティ・スワップを適用できれば、これまでの単なる債権放棄と比べ、多くの問題が解決できる。

第一に、債権者が再建企業の大口株主として経営モニターを続けることから、債務者のモラルハザード防止が可能だ。

第二に、追い込まれた銀行が、大口株主として貸出先の経営モニターを行えば、結果として各産業の成長部門に資金を重点供給する強力なツールとなる。

第三に、将来再建計画が軌道に乗れば、新たな株主に利益をもたらす。事実、累積債務国のスワップで邦銀は債券への転換が多かったが、米銀は株式等への転換を積極的に行い、巨額の売却益を手にした例が少なくない。例えばアルゼンチン電話公社で、シティバンクが交換した株式はアルゼンチン経済の立ち直りに伴い数倍の売却益を生み出した。

6.グレー企業の再生に活用を
デット・エクイティ・スワップはバブル融資の清算にとどまらず、事業の入れ替え、資本・業務提携と組み合わせた企業再建スキームの基礎となる。例えば、百貨店のメイシーズが倒産した際には、債権者に対して現金と共に株式やワラント(新株引受権)が割り当てられている。これによって優先債権者には100%以上、劣後債権者にも10〜30%に相当する資産が分配された。デット・エクイティ・スワップは、債務返済圧力の軽減と、債権者の回収率の上昇という相反する要請を、「企業の将来価値」を示す株式を使うことによって両立させるのである。

我が国で行われてきたリストラや単純な債権放棄と異なり、デット・エクイティ・スワップは、グレー企業の再生に向けた「徳政令のおそれのない」債務削減手段、いわば「債務水準の調整」と呼べる施策となりうる。その理由は、銀行は債権を捨てるのではなく、株式と交換するからだ。会計的には企業の債務比率(債務/資本)が低くなるだけのことであり、債権者は、新たに株主としての権利や利益を享受できるのだ。

7.金融の変化を促す制度設計
デット・エクイティ・スワップは、新株発行等の手続きが必要であり、単なる債権放棄と比べ関係者の調整に手間を要するのは事実だが、大企業の再建には適している。導入の実効性をより高めるためには、積極的に金融仲介の変化を促す以下の法律や税制の整備が必要だ。

(1)ニューマネー供給支援策

デット・エクイティ・スワップは、負債削減による資本市場での信認回復や、過大な利払い免除という効果があるが、それ自体はニューマネー供給効果はない。だから通常、デット・エクイティ・スワップは新規ニューマネーを含む包括的な再建計画と一緒に策定される。再建企業へのニューマネー供給確保という課題は、クレジット・クランチ対策という点からも重要だ。

そこで二つの提案がある。

第一に、米国の再建型倒産法制であるチャプター11で行われるDIPファイナンス(Debtor in Possession、旧経営陣が経営する再建中の企業への融資)の仕組みを、我が国の再建型倒産法制や担保法制見直しの中で導入することだ。

具体的には、裁判所の判断により、ニューマネーの貸し手には、再建手続き中における共益費用の中でも最優先の弁済順位を与える(スーパー・プライオリティ)、ニューマネー債権に対して破産前債権より優先する順位を与える(プライマリー・リーン)、申し立て前の担保をニューマネー担保に入れ替える(クロス・コラテラル)、さらに担保権者に適切な保護を与えたうえで、担保権を解除する、等の制度を導入し、ニューマネー供給者が会社再建のために資金を出しやすくするインセンティブを強化すべきだ。

米国では、80年代の銀行貸し渋りの中、この制度を活用しGEキャピタルやCIT等のノンバンクがDIPファイナンス市場での貸し出しを伸ばしてきた。我が国でも政策論として企業再建に意気込む債務者にニューマネーを供給する貸し手を制度的に保護する価値は大いにある。

第二に、日銀の株式担保融資も検討に値する。デット・エクイティ・スワップを行った企業が発行した銀行保有の新株を対象に日銀が株式担保融資を行えば、「企業再建モデルのお墨付き」として機能し、本格リストラを目指す動きが加速するのではないか。その際に、再建計画のデューデリジェンス審査を行い、リストラを確実に実行するよう監視すると共に、ゆとりある掛け目をかけて日銀の資産保全を図れば、安易な救済にはならない。そうすれば日銀は需要創出効果に疑問の残る財政支出拡大のための国債引き受けではなく、投資の源泉である企業に資金をつけることで、成長を引き出しやすい。

(2)企業法制、税法の整備

商法上、デット・エクイティ・スワップは、(a)債権者が債権を会社に時価で現物出資して株式取得を行うとか、(b)債権者が第二会社を新設、これに営業譲渡をした後、旧会社を特別清算する、との方策が考えられる。リストラ促進の目的で導入する以上、組成のコストは極力安く済むようにすべきだ。またわが国は100%減資ができない等リストラで常にネックになる問題もある。こうした観点から商法のオーバーホールが必要だ。「商法改正は大ごとで無理」では、関係者は怠慢のそしりを免れない。

また、会社更正法や和議法では債権者主導の管財人の選任(民事・刑事責任が追及されない限り、旧経営陣も残れる制度が望ましい)や、再建計画の実効性確保等の点について一長一短があり、改善すべきだ。さらに、デット・エクイティ・スワップを伴う債権償却額の損金算入や、債務免除益の過去の損金との通算等にかかわる明確なルール作りも必要だ。

(3)利害関係者のゴネ得を排除

再建計画策定には、新株発行で希薄化される株主や、準メイン以下の債権者のゴネ得排除も重要だ。再建型倒産手続きや民事調停手続きで再建計画への積極的な貢献もなくただ反対するものには、強制する手段が必要ではないか。チャプター11では、クラムダウンという制度がある。全額回収できない債権者グループが1つでも計画に賛成すれば、他のグループの反対を押しつぶせるのだ。米国で倒産申し立て前に再建計画を策定する例(「プリパッケージ・チャプター11」という)が多いのは、この強制力があるからだといわれる。

(4)銀行の大口株式保有規制

英国では、銀行が全株式の20%まで保有可能、米国も代物弁済の場合、最長10年間は銀行の100%株式保有が可能である。我が国でも、再建中の会社の新株はいったん銀行が引き受けることを可能にすべきだ。独禁法第11条では、銀行は代物弁済の場合、原則1年以下は5%超の株式保有が可能、1年を超えても「速やかな処分」を条件に公取委が認可すると明記している。しかし、過去に例がないとすると実際の運用基準は不透明ではないか。「法律にはよいと書いてあるが実際には出来ない」という事例は、我が国には山ほどある。そもそも、銀行の株式保有部門は、銀行持株会社における投信部門としてスピンオフさせ、間接金融から直接金融へ資金の流れを変えていくという中長期的な戦略ビジョンを持つべきだ。そのうえで、産業構造改革期間における銀行の再建企業株式の保有のあり方という視点から法律を見直すべきだ。

8.与野党一体となって難関を克

これらの施策でサプライサイドの改革に弾みがつき、企業や雇用者が早期に立ち直れば、景気対策で投入する納税者のおカネが節約でき、金融政策へのシワ寄せも少なくて済む。

動き始めた産業再編の裾野を拡げ、構造改革を加速すべきだ。政治家の果たす役割は大きい。党派を超え、与野党一体となってサプライサイド改革に取り組むことが、国民が自信を回復し、世界からの信頼を取り戻すカギである。

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