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中央公論 1996年5月号掲載

大蔵省から金融を引き離せ

(中央公論 1996年5月号掲載)
大蔵批判が高まるなかで、さまざまの改革試案が出されている
しかし、改革のポイントは何なのか、何が重要なのか、が曖昧だ
日銀出身の数少ない政治家として、あるべき大蔵省像を提示する

時代おくれの組織、法律

--------大蔵省のあり方について、いろんな方面で議論されるようになっていますが、塩崎さんの大蔵省感について、まず最初にお話しいただければと思います。

 私の父が長く大蔵省に勤め、政治家になっても税制など大蔵省関係の仕事を中心にして参りましたし、私自身、日本銀行に11年間勤務しましたから、いわば私にとって大蔵省は子供のころから生活の隅々にまで染み込んでいた存在、といっても過言ではないと思います。子供のころは、家族ぐるみの野球会やぶどう狩り、父の同僚や後輩たちを自宅に招いた正月の交歓会、自宅での有名政治家の子女の見合いや、果ては夫婦仲の仲裁相談などを経験してきました。
 どの霞が関の役所より友人の多いのが大蔵省です。仕事の上でも自民党行革推進本部規制暖和委員会、与党行革プロジェクトチームの証券・金融座長として接触も一番多い。しかし、バブルの発生やその結果としての住専問題や大和銀行問題、さらにはうち続く不祥事を顧みると、国家・国民のためにはいまこそ「大胆な答え」を出さねばと思い、今日はこだわりなく語ろうという気になりました。
 私が日銀に入ったのは昭和50年ですけども、あのころが日本の経済全体の変わり目であったし、財政も金融も変わり目でした。そういうなかで大蔵省をずっと見てきました。大蔵省はそれなりに努力はしてきたのでしょうが、大和銀行の問題にしても、住専の問題にしても、本当のダイナミックな動きには対応できなくなっています。たとえばデリバティブの問題なんか、世の中のほうがどんどん先に行ってしまって、ほとんどついていけないというのが実態です。別なやり方をしなければ本来の政策目的が達成できなくなったにもかかわらず、それを変えていません。

--------その乖離の原因は、大蔵官僚の勉強不足ですか。

 勉強はしてるんでしょうが・・・・。

--------ということは、大蔵省の役人が勉強し直せばうまく運営できますか。

 いや、それは違うでしょうね。かつては金利の自由化なんていうものはなかったんです。全部規制金利でしたが、いまもその時代の組織のままできてますし、法律も、銀行法とか外為法とかを少し変えていますが、法律の運用実態を見ると「原則禁止、例外自由」で、不良債権償却ひとつとっても、箸の上げ下ろしにまで注文をつけてます。だから、勉強はしているんでしょうが、頭のなかの切り換えは全然できていなかったということだと思うんです。

--------財政金融政策に対する権限が集中していることについてはどうお考えでしょうか。

 少なくともいま大蔵省の設置法のなかでは、財政政策も金融政策も大蔵省がやることになっています。日本銀行も金融政策をやることになっていますが、日本銀行は大蔵省の監督下にある。そんななか、大蔵省の改革とか解体とかいう問題が出てきたのは、やはり銀行とか金融の話からですね。よくいわれていることですけれども、金融行政については、業者行政みたいなのはやめて、まず市場原理に任せる。いまのままで、大蔵省が全部やるというわけにはいかないでしょう。大蔵省から抜き出してやらなければいけないと思います。
 また、今回の住専問題の原因は、監督の問題はもちろんですが、その根源はバブルにあるんです。
 ではなぜバブルが起きてしまったのかと考えると、やはり財政政策と金融政策が一体で来たというところに行き着くんですよ。


バブルの教訓に学べ

--------大蔵省は、「財政政策と金融政策に対する権限を両方とも持っているからこそ整合的なマクロ政策、効率的な経済政策が運営できるんだ」という主張ですね。

 おそらく高度成長期まではむしろそれが良かったのだろうと思うんですね。財政政策や税制で高度成長を誘導してきた大蔵省が、金融をうまく目的ごとにセグメンテーションして、財政投融資を政府系金融機関を通じうまく組み合わせながら、それらをオーガナイズしてきた。いわば、日本経済の血液としての「カネ」の舞台回しをやってきたといえる。このやり方は、その時は効果もあったし、有効に働いてきたし、結果として今日のこういう繁栄をもたらしたんだろうと思います。
 しかし、だんだん高度成長から潜在成長力も下方にシフトしてきた。そして国債を昭和50年ころから大量に出すようになって、財政政策と金融政策がまったく一緒だから、市場原理を無視した低利でのファイナンスを財政当局主導で行なった。自民党単独政権下でのいろいろな財政ニーズのファイナンスを、銀行を通じてやってきたのです。その結果、国債市場の育成が遅れ、銀行は半ばむりやりに国債を持たされた。それが五十年代に入ると銀行も持ちきれなくなって、国債発行条件の多様化など諸対策を少しずつやらざるをえなくなったのです。これが金融の自由化のきっかけになったのですが・・・。
 今回のバブルの発生の原因のひとつは為替への過度の配慮だったと思います。強烈な円高恐怖のもとで金利を上げるわけにはいかなかった。通貨主権を持っている大蔵省国金局としてはどうしても金利を上げたくなかった、といわれています。
 それと、あの時はすでに国債依存度が3割を越えた後で、財政再建第一主義が徹底されていました。ルーブル合意が1987年2月でしたが、要は為替と貿易黒字対策のために、内需拡大を要求され、折りしも「国際協調」がもてはやされ、米国の圧力もあるなかで、内需拡大という宿題を持ち帰って大蔵省は、「どうしたらいいのか」と悩んだが、財政のほうは「再建第一」ですね。
 実はその少し前に、当時の三重野日銀副総裁は、「乾いた薪の上に座ってるようなものだ」といってインフレ再燃への警鐘を発していた。このまま金融暖和を続けていくのはまずいんじゃないかといわれながら、2年余り公定歩合2.5パーセントを続けていってしまった。いってみれば、国際協調を金融政策に押しつけてしまった。それが結局マネーサプライの増加につながってしまった。公定歩合は専管事項といいながら日銀は金利を上げられなかった。バブル時の失敗について日銀は繰り返しその責任を認めています。
 そういう意味で財政と金融政策というのは、これからはトレードオフがこれまで以上に起きてくると思うんです。高齢化で福祉財源ももっといることになってくると、ますます別にしていかなければなりません。自由化された後の金融政策というのは、いってみればかなり理論的な、マクロ経済の様子で決めなければいけない政策でしょうから、それは別々にしておかないといけないだろうと思います。

 要するに、今回のバブルの失敗は、一つは為替にこだわり過ぎた。もう一つは財政再建にこだわり過ぎた。この二つの理由から金融にしわ寄せがいった。おそらくこれが別々になっていれば「これ以上長期にわたって低い金利ではいけませんよ」と、金融の担当者は多分いったでしょうね。ここで重要なことは、財政政策と金融政策を二つに分けたら、誰かがまとめないといけない、ということです。アメリカでいえばクリントン政権が設置したNECみたいな経済政策全体をまとめ上げる機能を持たなければいけないんだろうと思うんですね。法律上でいくと、経済企画庁が総合調整することになっていますから、そこを直すのもひとつの手かもしれません。
 大蔵省は金融をおさえていたがために国債をどんどん出して銀行にむりやり持たせ、一年たったら--------これは通達にも書いてない話だけれども------「日本銀行が買っていいですよ」ということにして、いってみれば一年おいて日銀引き受けを国債についてやっていた。いわば「財政・金融一体論がかえって財政を悪化させてしまった」ともいえるわけです。いずれにしても財政政策・金融政策について、大蔵省が本当に一緒になっていたほうが良いというならば、なぜいまだに良いのかというのをいってもらわなければいけないでしょう。

--------政治の立場からみると非常にコントロールしにくい役所ですか。

 有価証券取引税を例にとってみると、これは先進国では珍しい税金です。金融は国際化しているわけだから税を嫌がって東京から取り引きが外に逃げていく。東京市場の空洞化とかいうことを考えたら当然、出てくる答えは「廃止」ですよね。ところがいつも主税局に、「だめですね」と言われて廃止できない。税の論理からすると、担税力のあるところから税を取るのは当然ということになる。また、キャピタル・ゲイン課税の肩代わりという理屈も出てくるらしい。金融の論理と税の論理が対立するわけです。だから要するに、利益の相反するものが大蔵省のなかに一緒に入ってしまってるわけですね。しかも主税局が強いから議論が表に見えないまま税の理屈で押し切られる。

--------世の中に出ている「大蔵省改革試案」をどうご覧になっていますか。

 最初にいったように、とりあえずはここで金融の問題について、きちっと世の中の動きにマッチした仕組みをつくらなければいけません。
 まず第一に、財政政策と金融政策を分けなければいけないということ。双方がかりに相反する方向にいこうとしても、できるだけ国民の目に見える形で最終的に政策が決定されるようにすべきです。
 では金融政策を誰がやるかといえば、それは日銀です。いまの日銀法は昭和17年にできた法律で、なおかつ独立性というのが他の先進国に比べてもはるかに低いというか、完全に大蔵省の監督下に入っているわけですから、それを独立させる。EUのマーストリヒト条約は、欧州中央銀行創設までに、各国が「金融政策の独立性」「中央銀行総裁の身分保障」「中央銀行の対政府信用供与の禁止」などについて法整備することを義務付けています。といっても、ただ独立させて勝手なことをやらすわけではないですから、国民ひいては国会に対して責任を持つような仕組みに変えていくべきだろうと思うんです。
 第二番目に、いままでの銀行局、証券局、国金局の金融行政を変え、基本的に市場原理に任せるようにすることです。そして、できるかぎり透明なモニタリングを、大蔵省の外でやるべきではないだろうかと思っています。


いまがまさに改革の時

--------そうなると、大蔵省の広い意味での組織改革は避けて通れない問題ですか。

 そう思います。たとえば銀行法をどうするか、あるいは外為法をどうするかという法体系を検討する部署は大蔵省に残してもよいのかもしれませんが、実際の金融政策は日銀というプロの世界に任せる。金融行政も検査・監督は大蔵省から抜いてやらないとしようがないだろうと思うんです。

--------「抜かなければいけない」ということになると、大蔵省のいい分と対立するわけですね。ただ過去の歴史を振り返ってみると、たとえば証券スキャンダルを契機として、証券行政とか証券監督の独立性があれだけ世間で騒がれたのに、大蔵省のなかの外局として証券取引等監視委員会ができ、結局大蔵省から独立しなかった。議論が沸き上がるけれども、よく見ると大蔵省の手の中で結論が出てしまったことが多いわけですね。
 今回はそうはならないようにもっていこうという、政治のほうの強いコンセンサスはありますか。

 実は大蔵省そのものがもうすでに先取りしていっているようなところがありまして、昨年十二月に出てきた金融制度調査会の報告の中で「業者行政はやめて透明性の高い金融行政をやりましょう」と書いてあるわけですよ。しかし、たとえば検査の問題にしても、われわれ政治家のなかでは「やはりこれは独立したところにやらせるべし」とのコンセンサスができつつあります。いままでは、人の面を含めて「財政と金融を分けましょう」というような議論はあまりなかったと思います。
 住専の問題は一つの例として残って、あるいはその他の不良債権の問題も、結局たどり着くところは、やはり財政と金融を一緒にやるのは間違いだということだと思うんです。そのへんを、皆にもっと理解してもらわないといけないんじゃないかと思っているんです。

--------政治家は最終的には大蔵省と妥協してしまうのではないか、との懸念がありますが、ご決意のほどは。

 今回の住専の問題なんかで、僕はずいぶんみんなの考え方は変わってきているだろうと思うんです。いま、金融を分離すべきといってきましたが、一方で大蔵省の功績も認めるべきだと思っています。財政再建自体は大切なことで、その面で大蔵省は良くやって来ました。さっき財政再建第一主義の話をしましたが、そもそもどうして大蔵省がそこまでしたかということを考えると、やはり政治家が予算の分捕り合戦をしがちだったからです。政治過程で財政節度が緩みがちだったから、大蔵省は国の将来を思って歳出を抑えてきた。しかし、このために金融にシワが寄ってきた点は改めるべきだということなのです。

--------この時期を逃せば問題は将来に先送りされてしまうという感じですか。

 今回6850億円を出す、出さないでこれだけのすったもんだをやった原因は何だということを考えると、やはりやらざるをえないんだろうと思います。今回これができなかったら、当分できないのじゃないでしょうか。
 これから、ますます高齢化で福祉・医療や年金の財政への圧迫が深刻になって来るわけですから、そういうなかで何が起きてくるのか。一つは財政ニーズが増えるので、その一方で新しい産業を興さなければいけない。そういうことをいろいろ考えたら、広い意味で金融というのは日本経済の活力を再び取り戻すためにも、バンバン元気よくやってもらわなきゃいけないわけです。いままでの延長線ではだめです。

--------いくつか挙がっている改革試案の中で、塩崎さんのイメージに近いものはどれですか。

 まず僕は、金融庁という考えはあまり賛成ではない。そして、全体をどこかオーガナイズするかは別として、大蔵省に頑張ってもらいたいのは、いままでも頑張ってきた歳入と歳出をしっかりやってもらおうということではないかと思うんです。
 金融のことは、基本的には民間に頑張ってもらって、あとはルール作りをして、そのルールが守られているかどうかを見ていく。そして、不正がないかどうかというのは絶えずチェックしていく。

--------いずれにしても現状維持はありえないということですね。

 当然ありえません。金融政策というのは経済・金融の専門科がやらなければいけないんです。おそらく単なる「東大法学部卒」ではだめな時代になってしまうんだろうと思うんです。基本的にはマクロ政策だから、金融はエコノミストがやることですよね。金利を上げたら何がどう動くかわからない人がやったんじゃ全然話にならないわけで、これはプロの世界です。
 いままでの証券局とか銀行局が、たいそう保護的になっていたのには理由が二つありました。一つはこれまで金を預ける人や、調達したい人の発想よりも、「業」としてどうするかということを考え過ぎてしまったということです。そもそも金融とか証券というのは何のためにあるのかというのを改めて考えるべきだと思います。それからもう一つは「業」として考えても、「真の国際競争力」という観点が抜け落ちてしまってきたことなんです。