現代ビジネス-2012年6月26日掲載記事
「原子力規制委員会」設置法がついに成立した背景で、最後まで続いた「省益優先」官僚の抵抗劇(現代ビジネス)
独立した原子力規制組織を新たに設置するための「原子力規制委員会」設置法案が6月20日の参議院本会議で可決され、成立した。これまで内閣府にあった原子力安全委員会と、経済産業省の傘下にあった原子力安全・保安院、そして実働頭脳集団であった独立行政法人「原子力基盤機構」という「三層構造」が解消され、その他の機能をも統合・一元化することで、真に安全を第一に考える組織が生まれることになった意義は大きい。
新組織は、政府がもともと提案してきた「原子力規制庁」とは全く性格を異にするものとなったが、事実上、自民党と公明党が提出した野党案を、政府・与党が「丸飲み」する結果となったのである。
未曾有の大惨事となった東京電力福島第一原子力発電所の事故以来、私は、二度とこのような事故を起こさないために、国民の安全を確保できる安全規制のための新組織が必要だと訴えてきた。そのためには、国家行政組織法上の独立行政委員会、いわゆる「3条委員会」として設置し、政府や政治から独立した専門組織にすることが肝心だと考えた。
当初、「3条委員会」には自民党内にも抵抗があり、「原子力規制組織に関するPT」での審議や党内手続きは難航した。背後に「三条委員会」を徹底的に嫌う霞が関の抵抗があったのは明らかだった。とりわけ、エネルギー官僚からの強い警戒感が感じられた。原子力規制行政が完全に独立すれば、自分のたちのグリップが利かなくなると考えたのだろう。
しかし、最終的には多くの同僚議員の強力な応援によって、「3条委員会」案で自民党内はまとまり、公明党とも共同で法案を提出することができた。国民の安全を第一に考え、霞が関の工作を振り切るだけの良識と見識が政治にはあったということだ。
国会で与野党の修正協議が始まると霞が関の最後の本格的な抵抗が始まったが、与党は結局、私たちの案を「丸呑み」した。私は国民の立場で原子力の安全管理を考えるならば、野党案の丸呑み以外にないと信じてきたが、それが現実のものとなり感無量だ。政府・与党からすれば苦渋の決断であったろうが、国民の利益を第一に考えた末の決断として敬意を表したい。
自らの主張を既成事実化する霞が関
法案成立までの霞が関の抵抗は想像を越えた。官僚の行動原理については「省益あって国益なし」としばしば言われる。私は、国益を第一に考える立派な官僚たちが実在することも知っているし、すべてが省益に凝り固まっているとは思わない。だが、新しい組織を作るとなると、権益拡大という官僚の悪しき習性が頭をもたげてくることも熟知している。今回の官僚たちの権益拡大を目指す動きにはおぞましさすら感じた。
与野党が提出していた原子力規制組織関連法案の審議をどの委員会に付託するかが前哨戦だった。私は、重要議題なので、連日開催が可能な復興特別委員会で時間をかけて議論すべきだと考えていたが、衆議院環境委員会になった。同委員会には自公民以外の共産・社民・みんななど他の野党の委員がいないのである。何としても権益を握りたい環境省が、自らの土俵に引っ張り込もうとしたのだろう。
その結果、与野党の実務者による修正協議は、環境委員会の理事だけで行う事となった。気の毒なことに民主党の理事はそれまで原子力規制組織の議論を殆ど経験して来なかったメンバーだった。案の定、議論は終始、原子力安全規制組織準備室の幹部官僚がリードする格好になったという。もちろん、彼は環境省の出身だ。
そんな官僚の論理に対峙したのが自公案提案者の吉野正芳代議士だった。被災地である福島県いわき市の出身で、私とは法案作成の段階から苦楽を共にした間柄だ。
そんな吉野議員を怒らせたのが、6月6日に行われた与野党協議で準備室が配布した「論点の整理(案)」と題するペーパーだった。野党理事の要請で作成したと称して配布されたのだが、そこには、野党議員には事前に何も知らされていない「官僚の主張」が、あたかも政治の方針として、既に決定済みであるかのように記載されていた。
更には、会議後マスコミに同じ極秘資料がそのまま配付され、丁寧なブリーフィングまでなされていた。霞が関が自らの主張を既成事実化するために、組織的に世論を操作する手法はしばしば使われるが、今回も同様だった。
省益拡大のためになりふり構わず
「論点の整理」にはこんな事が書かれていた。要点をまとめれば以下の通りだ。
(1)緊急時の総理の指示権から、規制委員会の所掌事務を除いて独立性を保持させるのは適切ではない
(2)平時からのオフサイト(原発敷地外)での防災体制を担うため「原子力防災・放射能汚染対策会議」を整備し、環境大臣が責任を持って対応する
(3)原子力防災指針の策定は規制委員会ではなく、環境省が行なうこととする
(4)(新組織に出向した官僚は出身官庁に戻れない)ノーリターン・ルールは処遇の充実等の改善を行なった後、5年を経て後に導入する
(5)環境省の副大臣と政務官を増員する
(6)環境省設置法の所掌事務に「放射性物質又は放射線障害の防止(放射性同位元素等規制)」を追加し、規制委員会の所掌を奪取する
まさに、環境省の利権を守り、増大させる内容ばかりであった。
官僚たちはまた、議員による与野党協議の議論をも巧妙に誘導する細工を施していた、ということも明らかになった。
自公で共同提案するにあたり、公明党から「原子力災害時のオフサイト対策を担う中核の規制委員会職員を環境省に併任させる」との提案ペーパーが自民党に宛てて出されていたが、準備室はその政党間のペーパーを自らの配布資料に忍び込ませ、「環境省を平時のオフサイト対策に関わらせることは、既に自公間でも合意済み」と主張したのだ。
さすがに、実務者協議に陪席をしていた公明党の政調職員が「これは公明党内のメモで、自公合意ではない」とその場を制したと言う。今回の法案修正の過程では、省益拡大のためにはなりふり構わずという官僚の悪い面が如実に表れたと言っていいだろう。まことに残念なことだ。
結果的に環境省の権益は排除
そんな霞が関の抵抗はあったが、自公案の根幹部分を政府・与党がすべて「丸飲み」する形で決着した。協議に携わった議員各位に敬意を表したい。根幹部分は以下の通りだ。
(1)原子力規制委員会は「3条委員会」とし、委員は国会同意人事、その身分は保障され
(2)総理の指示権は、自公案通り原子力規制委員会が所掌する事務から除かれる
(3)ノーリターン・ルールについても、自公案通り発足当初から適用する
(4)放射性同位元素等規制や保障措置はもちろん、防災指針の策定等についても、自公案通り全て原子力規制委員会に一元化する
ということに落ち着いた。
1点だけ、環境省の意見が部分的に通ったものがある。
(5)平時の防災訓練等の事務をつかさどる「原子力防災会議」を設置し、議長を総理、副議長を官房長官、メンバーに原子力規制委員長と環境大臣が加わることになった。環境大臣は原子力安全規制にも、原子力防災にも何らの権限がないにもかかわらず、事務局長を兼ねることとなった。
しかし、事務局の職員からは環境省出身者を排除することとしたため、結果的に環境省はほとんど権益を手にしていない。
国民の安全を第一に考える原子力規制体制を
今後、規制組織が十二分に機能し、国民の安全を実際に守っていくには、規制行政を担う、真に安全に資する有為な専門人材を育てることが不可欠だ。今回、規制委員会を立ち上げるべく様々な調査をするうちに、日本の仕組みの構造的な欠陥に気がついた。
世界の原子力規制機関を担う人材は、みな高度な専門人材であり、一生身を捧げる仕事として、就職から定年退職まで、殆どの人が同じ規制組織で経験と研鑽を積んでいる。
これに対して日本では、他の行政組織同様に、短期間で異動を繰り返し、計画的に時間をたっぷり掛けて専門人材を育成するような人事は行ってこなかったのだ。すべての権限行使も人事も予算も、文科系出身のいわゆる「事務官」支配の下で行われ、実際の規制行政の中身を担える専門知識を持った理科系出身の「技官」は劣位にあった。
そして、その支配するエリート事務官にとっては、エネルギー政策の推進こそが優先課題であり、安全性は後回しになり続けてきたのだ。その結果として今回の福島原発事故があった、といえなくもないのではないか。
新規制組織は上述のように、高い独立性を持ち、専門知識を持った人材に権限が与えられることになる。まずは世界に誇れる専門家委員5人を選び、スタッフに優秀な人材を政府内外からリクルートしなければならない。国民の安全を第一に考える原子力規制体制を一日も早く稼働させることが重要だ。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32862
新組織は、政府がもともと提案してきた「原子力規制庁」とは全く性格を異にするものとなったが、事実上、自民党と公明党が提出した野党案を、政府・与党が「丸飲み」する結果となったのである。
未曾有の大惨事となった東京電力福島第一原子力発電所の事故以来、私は、二度とこのような事故を起こさないために、国民の安全を確保できる安全規制のための新組織が必要だと訴えてきた。そのためには、国家行政組織法上の独立行政委員会、いわゆる「3条委員会」として設置し、政府や政治から独立した専門組織にすることが肝心だと考えた。
当初、「3条委員会」には自民党内にも抵抗があり、「原子力規制組織に関するPT」での審議や党内手続きは難航した。背後に「三条委員会」を徹底的に嫌う霞が関の抵抗があったのは明らかだった。とりわけ、エネルギー官僚からの強い警戒感が感じられた。原子力規制行政が完全に独立すれば、自分のたちのグリップが利かなくなると考えたのだろう。
しかし、最終的には多くの同僚議員の強力な応援によって、「3条委員会」案で自民党内はまとまり、公明党とも共同で法案を提出することができた。国民の安全を第一に考え、霞が関の工作を振り切るだけの良識と見識が政治にはあったということだ。
国会で与野党の修正協議が始まると霞が関の最後の本格的な抵抗が始まったが、与党は結局、私たちの案を「丸呑み」した。私は国民の立場で原子力の安全管理を考えるならば、野党案の丸呑み以外にないと信じてきたが、それが現実のものとなり感無量だ。政府・与党からすれば苦渋の決断であったろうが、国民の利益を第一に考えた末の決断として敬意を表したい。
自らの主張を既成事実化する霞が関
法案成立までの霞が関の抵抗は想像を越えた。官僚の行動原理については「省益あって国益なし」としばしば言われる。私は、国益を第一に考える立派な官僚たちが実在することも知っているし、すべてが省益に凝り固まっているとは思わない。だが、新しい組織を作るとなると、権益拡大という官僚の悪しき習性が頭をもたげてくることも熟知している。今回の官僚たちの権益拡大を目指す動きにはおぞましさすら感じた。
与野党が提出していた原子力規制組織関連法案の審議をどの委員会に付託するかが前哨戦だった。私は、重要議題なので、連日開催が可能な復興特別委員会で時間をかけて議論すべきだと考えていたが、衆議院環境委員会になった。同委員会には自公民以外の共産・社民・みんななど他の野党の委員がいないのである。何としても権益を握りたい環境省が、自らの土俵に引っ張り込もうとしたのだろう。
その結果、与野党の実務者による修正協議は、環境委員会の理事だけで行う事となった。気の毒なことに民主党の理事はそれまで原子力規制組織の議論を殆ど経験して来なかったメンバーだった。案の定、議論は終始、原子力安全規制組織準備室の幹部官僚がリードする格好になったという。もちろん、彼は環境省の出身だ。
そんな官僚の論理に対峙したのが自公案提案者の吉野正芳代議士だった。被災地である福島県いわき市の出身で、私とは法案作成の段階から苦楽を共にした間柄だ。
そんな吉野議員を怒らせたのが、6月6日に行われた与野党協議で準備室が配布した「論点の整理(案)」と題するペーパーだった。野党理事の要請で作成したと称して配布されたのだが、そこには、野党議員には事前に何も知らされていない「官僚の主張」が、あたかも政治の方針として、既に決定済みであるかのように記載されていた。
更には、会議後マスコミに同じ極秘資料がそのまま配付され、丁寧なブリーフィングまでなされていた。霞が関が自らの主張を既成事実化するために、組織的に世論を操作する手法はしばしば使われるが、今回も同様だった。
省益拡大のためになりふり構わず
「論点の整理」にはこんな事が書かれていた。要点をまとめれば以下の通りだ。
(1)緊急時の総理の指示権から、規制委員会の所掌事務を除いて独立性を保持させるのは適切ではない
(2)平時からのオフサイト(原発敷地外)での防災体制を担うため「原子力防災・放射能汚染対策会議」を整備し、環境大臣が責任を持って対応する
(3)原子力防災指針の策定は規制委員会ではなく、環境省が行なうこととする
(4)(新組織に出向した官僚は出身官庁に戻れない)ノーリターン・ルールは処遇の充実等の改善を行なった後、5年を経て後に導入する
(5)環境省の副大臣と政務官を増員する
(6)環境省設置法の所掌事務に「放射性物質又は放射線障害の防止(放射性同位元素等規制)」を追加し、規制委員会の所掌を奪取する
まさに、環境省の利権を守り、増大させる内容ばかりであった。
官僚たちはまた、議員による与野党協議の議論をも巧妙に誘導する細工を施していた、ということも明らかになった。
自公で共同提案するにあたり、公明党から「原子力災害時のオフサイト対策を担う中核の規制委員会職員を環境省に併任させる」との提案ペーパーが自民党に宛てて出されていたが、準備室はその政党間のペーパーを自らの配布資料に忍び込ませ、「環境省を平時のオフサイト対策に関わらせることは、既に自公間でも合意済み」と主張したのだ。
さすがに、実務者協議に陪席をしていた公明党の政調職員が「これは公明党内のメモで、自公合意ではない」とその場を制したと言う。今回の法案修正の過程では、省益拡大のためにはなりふり構わずという官僚の悪い面が如実に表れたと言っていいだろう。まことに残念なことだ。
結果的に環境省の権益は排除
そんな霞が関の抵抗はあったが、自公案の根幹部分を政府・与党がすべて「丸飲み」する形で決着した。協議に携わった議員各位に敬意を表したい。根幹部分は以下の通りだ。
(1)原子力規制委員会は「3条委員会」とし、委員は国会同意人事、その身分は保障され
(2)総理の指示権は、自公案通り原子力規制委員会が所掌する事務から除かれる
(3)ノーリターン・ルールについても、自公案通り発足当初から適用する
(4)放射性同位元素等規制や保障措置はもちろん、防災指針の策定等についても、自公案通り全て原子力規制委員会に一元化する
ということに落ち着いた。
1点だけ、環境省の意見が部分的に通ったものがある。
(5)平時の防災訓練等の事務をつかさどる「原子力防災会議」を設置し、議長を総理、副議長を官房長官、メンバーに原子力規制委員長と環境大臣が加わることになった。環境大臣は原子力安全規制にも、原子力防災にも何らの権限がないにもかかわらず、事務局長を兼ねることとなった。
しかし、事務局の職員からは環境省出身者を排除することとしたため、結果的に環境省はほとんど権益を手にしていない。
国民の安全を第一に考える原子力規制体制を
今後、規制組織が十二分に機能し、国民の安全を実際に守っていくには、規制行政を担う、真に安全に資する有為な専門人材を育てることが不可欠だ。今回、規制委員会を立ち上げるべく様々な調査をするうちに、日本の仕組みの構造的な欠陥に気がついた。
世界の原子力規制機関を担う人材は、みな高度な専門人材であり、一生身を捧げる仕事として、就職から定年退職まで、殆どの人が同じ規制組織で経験と研鑽を積んでいる。
これに対して日本では、他の行政組織同様に、短期間で異動を繰り返し、計画的に時間をたっぷり掛けて専門人材を育成するような人事は行ってこなかったのだ。すべての権限行使も人事も予算も、文科系出身のいわゆる「事務官」支配の下で行われ、実際の規制行政の中身を担える専門知識を持った理科系出身の「技官」は劣位にあった。
そして、その支配するエリート事務官にとっては、エネルギー政策の推進こそが優先課題であり、安全性は後回しになり続けてきたのだ。その結果として今回の福島原発事故があった、といえなくもないのではないか。
新規制組織は上述のように、高い独立性を持ち、専門知識を持った人材に権限が与えられることになる。まずは世界に誇れる専門家委員5人を選び、スタッフに優秀な人材を政府内外からリクルートしなければならない。国民の安全を第一に考える原子力規制体制を一日も早く稼働させることが重要だ。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32862
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