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日本経済新聞夕刊-2008年4月18日掲載記事

こころの玉手箱D「山登り〜怖さと爽快さ、表裏一体」

 山の第一印象は「怖さ」だった。1973年。大学三年の時に友人たちと初めて富山県の薬師岳に登った。尾根伝いの楽しい山歩きという期待は、燃料と食料が詰まった20キロ以上のリュックを背負った時点で砕かれた。

 山の天気は変わりやすいとの言葉通り、標高2500メートル付近で雷雨に遭遇した。大雨が降る中、ピカッと光るや否やズドーンと耳をつんざく轟音。おまけに高校時代に起きた落雷による登山部生徒の死亡事故の時に同じ隊列にいたという仲間から、その怖い体験談を聞きながら必死で登ることになったのだ。二度と味わいたくないと思った。
 
 山登りを続けるうちに、怖さと爽快さが表裏一体である魅力に気付き始めた。妻の故郷、山梨県の鳳凰三山には尾根沿いと沢沿いに二回登った。登山中に山肌からしたたる水を飲むのだが、この世のモノとは思えないほどおいしい。

 山登りで自然に触れることは、文明の利器に慣れ親しんだ生活から離れることでもある。麓で泊まった御座石温泉では、風呂に電灯もなく、ろうそくの明かりだけで幻想的な雰囲気を満喫した。

 山道の脇には可憐な花が小さな岩のくぼみに咲いている。その生命力ある姿に勇気づけられる。三十分歩いて五分休むリズムで登るのだが、歩く三十分はひたすら足元を見つめたまま。そんな時に小さな花が目に入ると「ああ、俺も頑張らないとな」と鼓舞される。

 山を登り切ったという達成感は何にも変え難い。高い山の頂から眼下に広がる人間社会を見渡すと、日々の悩みも些細なことに思われてくる。大和向き合うたびに、ちっぽけな自分が恥ずかしくなるような不動の姿に心打たれるのだ。

 以来、南、北アルプス、雲取山、久住連峰などには登ったが、四国では、まだ西日本一高い霊峰石鎚山に登っていない。妻と約束して十年以上たつが、もう無理かもしれない、と妻は最近弱音を吐くようになった。お互い体力があるうちに麓から登り切ってみたい、と夢を持ち続けている。