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やすひさの独り言 Yasuhisa's Soliloquy 今一番伝えたい考えや想いをお伝えいたします

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2003/02/02(日) NO.313号 

銀行監督、生保監督の問題の本質は同じだ

 生保の破綻前での予定利率引下げ問題が一段と現実味を帯びつつある。30日に自民党保険小委の「インナー会合」が開かれたが、中での議論と翌日の報道内容は全く異なっているのには、唖然とした。ブリーフィングに問題あり、だ。実際には、議員から賛否両論が示されただけでなく、ペーパーを提示した金融庁は、以下に示すような基本的な問題点にすら答えることができなかった。当然、この会合では結論が出なかったにもかかわらず、あたかも了承されたかのように報道されている。読売新聞などは、今日の社説で導入賛成論を早くも展開している。だが、本当にそれでいいのだろうか。
 
 
 私が提起した疑問点は、主に以下の点だ。

[1]将来の破綻の可能性を前提にしているのに、なぜ保険監督当局が早めに問題解決を図るべく動かないのか。

[2]問題生保の過去の経営責任、銀行等の出資者責任を明確にせず、一般契約者を犠牲にできるか。

[3]この制度を利用するような先は、スポンサー(受け皿)なしでは生き残れないことが明らかなのだから、中途半端なリストラしかさせない今回の「予定利率引下げ」では、スポンサーが手を挙げず、制度がワークしないのではないか。結局「更生特例法」か「保険業法上の破たん処理」しか機能しないのではないか。

[4]使われない、機能しない制度を法律として作り、保険会社に経営倫理・道徳上問題のある「経営の選択肢」を提供する事は、立法府として無責任ではないか。

[5]実質的に「株式持ち合い」を行ってきた銀行に破綻が伝播することを回避するのが本音、というが、銀行の危機管理制度は確立しているし、銀行と異なり生保自身にはシステミックリスクはない。
 
 結局、「破綻の蓋然性を前提にしないで予定利率を引き下げるよう、法律を書いてくれ」とのいささか無理な注文を金融庁が受けて、インナー会合は終わっている。同会合で私が問題にした論点をもう少し具体的に申し上げれば、以下の通りです。
 
 現在の世の中の論調では、生保会社を破綻させるべきか否かが主な関心事だが、まず、生保監督にも銀行監督と全く同様の「早期是正措置制度」があるのをご存知だろうか。つまり、生保業界に問題先があるなら、いきなり善意の、しかも素人の保険契約者にしわ寄せをするのではなく、監督当局が早めに問題先に資産処分やリストラ等を通じた是正措置を取らせるべきだ。監督当局のこれまでの怠慢と、責任放棄を罪のない保険契約者に押し付けてはいけない。「主要行はいずれも自己資本は十分で、問題なし」と言い続け、真剣な事態改善を抜本的には行ってこなかった銀行監督行政と同じ轍を生保でも歩もうとしている。
 
 保険業法第132条を見て欲しい。その第一項には、免許付与者である内閣総理大臣(現在は金融庁長官に権限が委譲されている)は、保険会社の業務や財産の状況に照らし、保険契約者等の保護を図るために必要ならば、健全性確保のため、その保険会社に改善計画を出させ、場合によっては業務停止まで命ずることができる、と書いてある。そして第2項には、銀行監督における「自己資本比率」規制と同じような「ソルベンシーマージン基準」を使った早期是正措置制度が用意されている。
 
 今回の金融庁が提示した「論点」ペーパー上の新しい制度は、「経営の選択肢を広げるための一般的な制度」で、「会社の自治手続きによる予定利率解消を通じた逆ザヤ解消」が狙いで、「契約者にとっての不利益変更だから自治手続きが基本」としているが、これでは監督当局の責任放棄ではないか。
 
 金融庁が「将来における破綻の蓋然性の解消を図る措置」として一定の要件に該当する場合に認めるこの「予定利率引下げ」は「更正特例法などによる破たん処理」に比べ、

[1]将来の破綻を未然に回避できる、
[2]責任準備金はカットされない(破綻の場合、最大10%カット)、
[3]予定利率の引き下げも下限(巷間3%といわれている)を設けるので契約者に安心感を与えられる、
[4]契約者の権利保護は第三者の専門家がチェックする、

などの点でメリットが大きい、という。
 
 ちょっと待って下さい、と言いたい。まず、保険業法第一条には、同法の目的が保険契約者等の保護を図ること、と明記してあるのだから、免許付与者である金融庁は、あくまでも契約者保護の義務がある。「将来における破綻の蓋然性」を前提にするなら、免許付与者の金融庁は、まず上記の保険業法第132条の早期是正措置によって動くべきだし、「破綻の蓋然性」がないのなら、なおのこと契約者保護を行わねばならない。読売新聞を含め、賛成論者はみな「破綻するより契約者の負担が軽いのだからいいじゃないか」という単純な論理だが、本末転倒だ。
 
 責任準備金のカットや破綻後の予定利率引下げは、受け皿となるスポンサーが「これなら引き受けられる」というところまで財務を健全化するために行うのであって、納得いくまで健全化されないような制約を、この制度の「見栄え」をよくするためだけに規定しても、結局破綻したり行き詰るゼネコンなどの当初の再建計画のようなもので、不自然なものは結局どこかで頓挫する。
 
 また、直近の破綻ケースである東京生命の場合、「責任準備金カットなし、引き下げ後の予定利率 2.6 %」となっており、資産劣化が進む前に処理すれば、契約者の負担は軽くて済むことも立証されている。
 
 先週末、私は某大手生保の企画部門におられ、生保の内部事情に詳しい方から率直なメールを頂いた。その方は、@これまで生保は必ずしもぎりぎりの経営は行ってこなかった、Aこれまでのリストラは不十分だしこれからも困難、B社員総代会は必ずしも契約者全体の意思を反映していない、とした上で、「今、多くの人が苦しみの中にいる。しかし、平等に苦しいのなら皆も耐えるが、不平等なら閉塞感ばかり増えてしまう。生保に関してあえて言えば、仮に自己責任原則が貫徹されて保険契約の一部が紙くずになってもそれはそれで納得できるが、訳の分からない理由で契約者に負担を押し付けて、経営責任を取らない会社、そして日本経済になるのは納得できない」と言っておられた。
 
 何度もいうが、この問題は経営の倫理、道徳、責任の問題であり、同時に監督当局、ひいては政治の責任の問題だ。発想を変え、もう一回問題の原点に戻るべきだ。正面から冷静に攻めれば、事はそう難しくないのではないか。

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