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やすひさの独り言 Yasuhisa's Soliloquy 今一番伝えたい考えや想いをお伝えいたします

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2021/04/13(火) NO.862号 

裁判所関与の「一時保護」で子どもの権利を守る

1994年に日本は「子どもの権利条約」を批准した。しかし、その際政府は「我が国において『子どもの権利』は既に十分保護されており、国内法の整備は不要」としてしまった。残念ながら、今も子どもへの虐待事案は増える一方であり、子どもの基本的人権が守られていないことは明らかだ。従って私は、平成28年の国会において、様々な抵抗を排しながら厚労大臣として改正児童福祉法に日本の法律として初めて「子どもの権利」の法文を入れた。

子どもの権利が守られていない典型例のひとつが、「一時保護」開始の際の司法審査の欠如だ。大人が逮捕され、身柄を拘束されるには、裁判所の令状が必要だ。警察や検察などの行政だけの判断に基づく身柄拘束では、基本的人権を不当に犯すおそれがあるため、司法によるチェックを必ず入れている。しかし、児童相談所による一時保護の開始時には、行政の児童相談所長だけの判断で子どもの権利を侵害して身柄を拘束でき、その際、子どもを引き離すことで親の権利も同時に侵害することとなる。

一時保護への司法関与の仕組みを児童福祉法に初めて入れ込もうと、平成28年改正時に試みたものの時間切れ。翌平成29年の国会に、ようやく、一時保護が2か月を超え、なおかつ親の同意が得られない場合に限り、一時保護延長に関する家庭裁判所の了解を必要とする法改正を私は行い、なおかつ、一時保護制度全体の見直しを3年かけて行う附則も入れた。改正法成立後ただちに検討会を立ち上げたが、私が程なく厚労大臣を退任したため開店休業へ。そこで、令和元年の児童福祉法等改正法案の附則に、今度は1年で結論を出すべく検討会を立ち上げることを明記し、その期限が今年の3月末だった。この間令和元年、国連・児童の権利委員会からは、裁判所命令なしの2か月間もの一時保護への懸念表明がなされている。

ところが、その期限が近づく2月下旬に厚労省に対し、児童養護に関する自民党・超党派議連合同会議において検討会の取りまとめ方針の説明を求めたところ、何と、「一時保護の開始時に義務的な司法審査を入れる事が理念として望ましいが、・・・・・現時点での導入は困難」との結論だという。

それも、子どもの権利と関係ない児相や裁判所の事務量増大となるからダメだ、児相の能力が足りないからまだダメだ、行政の中でまず対処しろ、という。基本的人権を全く顧みない理由で、合計4年間も法律に基づく検討を重ねても、再び今回、先送ろうとの考えが示されたのだ。大人の都合優先、子どもの人権軽視に、ただただ驚いた。

しかし私は、こうした「大胆な先送り策」は、厚労省だけの判断とは到底思えず、法務省、ひいては裁判所の抵抗が大きかったのでは、と過去の司法関与強化を試みた時の経験から察知した。そこで、大臣就任前は議連の常連参加者でもあった上川法務大臣を、3月5日に議連有志とともに大臣室に訪れ、法務省として、子どもの権利条約遵守の観点からも再考をお願いした。その後上川大臣は、深い理解の上で直ちに法務省内でりーダーシップを発揮された。結果、厚労省、法務省、裁判所が再協議をすることとなり、遂に明日、厚労省の一時保護に関する検討会で「司法機関が一時保護開始の判断について審査する新たな制度を導入すべきである」とし、今後厚労省、法務省、最高裁による実務者協議も始まることとする、との結論の新たな取りまとめが行われることとなった、と聞く。

2月26日から3回にわたる議連会合では、和歌山県中央児相と名古屋市児相の常勤弁護士にオンラインで、現場の声としての司法審査義務化への熱い思いと議員間の活発な議論が行われた。そして上川大臣の子どもを思う今回の決断と行動に感謝と敬意を表したい。

しかし、安心するには、まだ早いようだ。その検討会報告書には、現在年間約500件の裁判所での一時保護審査が行われているのに対し、一時保護時に親の同意がないケース全てに関し司法審査対象とすると現在の10数倍、年間約5万件ある一時保護全体を対象とすると約80倍に件数が跳ね上がる、と書かれていると言う。相変わらず事務量の過大な増え方とその処理能力の限界について言及している、と聞く。あたかも制度をスタートさせても事務量を勘案すると、できるだけ限定的にしたい、との行政や司法の意図が透けて見えるように思える。

事務量が「約80倍」となるなど、べらぼうに増えるかの誤解を与える突出した表現振りとなっているようであるとともに、児相の権限の不十分性、児相の体制整備の必要性、人員の確保など、厚労省が本気で改革に取り組めば、速やかに解決できる問題を、あたかも直ぐには充足できないかのような表現振りになっているようだ。

こうしたさして深刻ではない、誇大な制約条件を示すことによって、「小さく産んで大きく育てる」風の論理で、ごくごく限定的な制度としてスタートさせようとしているのではないか、と 危惧をせざるを得ない。厚労省、法務省ともに、そのようにする下心はない事を願うし、よもや「大人の都合を優先し、子どもの権利の実現を後回し」するようなことがない事をひたすら願うのみだ。

「80倍」との、単純な表面的件数の数字だけの話で、実務上は、親子双方が同意がある場合で、さして問題なく一時保護となるケースが半数以上はあり、また、一週間以内に家庭復帰するケースも3割程度はあるなど、保護者や子供の同意なし(実は、子どもの同意の有無の統計は不在)のケースは、 精々年間数千件程度となる、と児童相談所の実務家は指摘している。となると、都市部の児相でも、週に1件程度のケースとなり、とりわけ弁護士が常勤でいれば、事務処理上は全く問題ない、との常勤弁護士のいる児相などの冷静な見方だ。

子どもの権利条約批准国として恥ずかしくない、そして国連から後ろ指を指されない「真の法治国家」にふさわしい一時保護制度としなければならない。