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やすひさの独り言 Yasuhisa's Soliloquy 今一番伝えたい考えや想いをお伝えいたします

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2021/02/28(日) NO.856号 

「公衆衛生・疫学研究」と「地域医療・臨床研究」の一体化を急げ

わが国の新型コロナ感染症関連の研究論文は、世界的にみて圧倒的に少ない。医学領域全般における日本の研究水準が低いとの評価は聞かないどころか、ノーベル生理学・医学賞では、これまで5人の日本人科学者が受賞されているなど、能力はむしろ高いといえよう。しかし、感染症分野での研究の実態は、かなり弱そうだ。

私のホームページに昨年12月時点の「各国のCOVID-19関連論文数」(注1)とのグラフを「政策提言」コーナーに掲載した。日本は世界で13位と情けない順番。さらに「人口10万人当たりの論文数」では、何とOECD諸国37か国中34位とほぼ最下位に近い。

ここまで論文数が少ない理由を医学研究者等に聞くと、誰しもが「感染症関連データや生のウィルスなどが感染研に集中され、タイムリーな積極開示がなされないため、基礎・臨床研究ともにできず、論文執筆にまで至らない」と異口同音に指摘される。

目下、日本を含め世界中がコロナの変異株のまん延を強く危惧している。それも、英国型、南ア型、ブラジル型など既知の型のまん延だけでなく、感染力、毒性、ワクチンの有効性などが未知の、新たな変異株の出現を恐れている。

絶えず変異を繰り返すコロナウィルスは、日本オリジナルの強力な「変異株」をいつ、どこで生み出すか分からない。となると、まずは如何に早期に発見する、水も漏らさない体制を組むかであり、加えてそれぞれのウィルス特性の同定と分析を迅速にゲノム解析を通じて行うことが極めて重要だ。これは、国の総力を挙げて行い続けなければならない事であり、「平時」の体制である、感染研たった一か所だけによる一極集中の解析体制では到底対処できようもない。

私は、国が大学医学部や民間検査会社等、ゲノム解析能力を持つあらゆる官民の組織と組んで「官民のゲノム解析チーム」を組成し、ウィルスの早期発見とゲノム解析を迅速、確実かつ幅広く進めるべしとの提案を、2月14日付けメルマガ「官民の『ゲノム解析チーム』を立ち上げよ」(注2)において行った。そこで予告したように、先週金曜日に、慶応大学医学部臨床遺伝学センター長の小崎健次郎教授に、自民党データヘルス推進特命委員会においで頂き、関東地方の14病院のネットワークでのコロナ患者におけるウィルスの全ゲノム解析に基づく研究成果を、「ウィルス変異と公衆衛生、地域医療について」(注3)と題してお話し頂いた。

その中で小崎教授から、現下の変異株問題へのわが国として早急に整備すべき体制に関する以下のような極めて有意義な提案を頂いた。

●あくまでも国(厚労省・感染研)が全体の司令塔。
●大学医学部とその連携病院等の「臨床研究ネットワーク」を、保健所・地衛研・感染研の「公衆衛生ネットワーク」とリンクさせ、地理的に全国をカバーして立ち上げ。
●現行の「公衆衛生ネットワーク」での変異株同定と並行し、ゲノム解析能力を有する大学等がウィルス全ゲノム解析を行い、既知の変異株に加え新たな「日本型」変異株も常時同定可能とする。
●大学等での解析データは、感染研に集約すると同時に連携病院等に還元、院内感染管理、治療法開発等に寄与。
●同時に係るデータは、個人情報保護を前提に時期や場所を特定しつつ国民、研究者、製薬企業等、世界に積極開示し、国際データベースのGISAIDへも公開。
●大学等は、研究・論文作成を加速し、未知の変異株解明に寄与。

このように、小崎教授の変異株臨床研究の考え方は、私達が既に昨夏から提案している、(1)有事は国が司令塔となる、(2)「公衆衛生・疫学研究」と「地域医療・臨床研究」の有機的一体化を行う、(3)感染症データは国が一元管理するとともに積極開示を行う、との感染症有事の国家ガバナンス改革の大原則と共通する部分が殆どだ。

厚労省は、現在、「ウィルスのゲノムサーベイランス体制」と「感染症ウィルスゲノム解析情報と臨床・ヒトゲノム情報データバンク」を別々に、新たに創設ないし強化しようとしているが、それらが有機的に一体化することと、国内外向けにオープンに構築されることが決定的に重要だ。データバンクは「NCGMと感染研が管理者」となる予定で、早くもその2つの組織が閉鎖的に運営し、民間にオープンにならないのではないか、国が司令塔機能を果たすのではなく、変異データがあれば共有することをお願いするにとどまるのではないか、との懸念が我々にも寄せられている。

実際、文科省と厚労省は連名で令和3年2月19日付け事務連絡「大学等と自治体が連携した地域における検査体制の整備等について(周知)」を発出している。しかしここでも、国が司令塔機能を果たし、各地の大学とゲノム解析体制を構築するというには程遠く、大学と自治体の連携の参考事例の紹介とともに、大学に対し、自治体の行う積極的疫学調査への協力や変異株が発見された際の自治体との情報共有、確認されたゲノム情報のGISAIDへの登録をお願いベースで求めるにとどまっている。

サーベイランス結果や、データ、病原体などを国が閉鎖的に独占し、解析情報、医療情報も占有するのでは、国の司令塔の下での「総力戦」にならない。むしろ国は絶えず全体を鳥瞰して大きな判断をし、大学等民間の力を借りながら、変異株ウィルスサーベイランスの徹底を図り、同時に、臨床現場へのデータ還元をしながら、大学の自由な創意工夫を最大限活かして世界に先駆けた研究、発見とその成果としての論文を世界に公表することを支援し、未知なことばかりなコロナとの闘いをまさに「総力戦」として進めて欲しい。

現在、厚労省の説明では、陽性ウィルス検体の約一割を感染研1か所で全ゲノム解析している、と言いながら実際には5%程度の検体を一極集中体制で解析している。しかし、今すぐ解析対象を格段に増やすことが、変異株の見逃し回避には不可欠だ。感染研の計画では、ゲノム解析チームは、次年度から現在の6人から増員してもたった8人の見込みである一方、全国には80余りの大学医学部があり、それぞれのゲノム解析専門家の協力を得ればかなりの数となる。また、感染研の全ゲノム解析能力を昨年末の「300件程度/週」からこの2月には「最大800件程度/週」まで向上させたと胸を張るが、有力な研究者からの情報では、世界最先端の機器を使えば、1か所で週に7500件程度は処理できる、とも言われており、これを全国の大学等でやれば、毎週60万件解析、毎日12万件解析ができることとの認識のギャップは余りにも大きい。

例えば、米バイデン政権は2月17日、変異株の検査体制強化にとりあえず2億ドルを投じることを決めている。主目的はシークエンス体制の強化で、シークエンス能力を現在の週7000件から25000件に強化するもので、我が国とは比べ物にならない。

今我々が早急に準備すべきは、まずは新種を含め変異株を漏れなく発見する「官民連携ゲノム解析チーム」体制の早期構築だ。仮に日本での第4波が、欧米の第3波並みの感染状態となっても対応可能となるよう、シミュレートしておくことだ。自民党コロナ本部ガバナンス小委員会での変異株対策検討作業が先週から始まり、私達データヘルス推進特命委も、科学技術・イノベーション調査会とともに協力していく方針だ。

(注1)「各国のCOVID-19関連論文数」

(注2)「2月14日メルマガ 【官民の『ゲノム解析チーム』を立ち上げよ」】」


(注3)「ウィルス変異と公衆衛生、地域医療について」