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文藝春秋「日本の論点2003」

日本は個人の能力を発揮し、アジアの秩序形成をリードせよ

●米国や中国からより優れた点を採り入れよ

適者生存は歴史の普遍的原理である。自らよりも、より良く、より強く、より高い他者から、常に学ぶ謙虚さを忘れない社会にしたい。日本の独自性を守ることと、強い米国や、躍動する中国※1から謙虚に学び、優れた点を採り入れることとは、決して矛盾しない。わが国の歴史を見れば、古くは古墳時代の渡来人、明治維新、戦後の民主化と急速な経済の発展など、外の優れた文明を採り入れ、血となし肉としていくことはむしろ得意分野であった。また数々の国内の摩擦を経ることで、逆説的に「真の日本の強さ」が磨かれてきたし、これからも磨かれていくと考えられる。

しかし、二十一世紀初頭のいま、わが国の社会の特質である集団主義の行き過ぎによって、個人が広く他者から学ぶことがいまだに阻害されているように見える。集団として平均値が高いこと自体、国家の統治構造として優れているといえるが、フロントランナーが抑制される社会は、決して健全ではない。個人の強さがなければ社会の強さはありえないからだ。

私は、個人が本来の能力を発揮できない社会になりつつあることに、政治家として危機感を覚える。国内では能力を十分に発揮することができず、人材が海外に流出する「イチロー現象」がスポーツ、研究者、ビジネス、そして政治や外交の分野でも起きている。これら"イチローたち"は、国際舞台の第一線で活躍していることを考えれば、日本人の個人としての能力に問題があるのではなく、むしろ個人の能力を生かしきれない組織やマネジメントに問題があると考えるべきだろう。欧米へのキャッチアップに適していたいわゆる1940年体制※2に代わるモデルを、いかに日本が築くかが試されているのである。そのためにも、米国や中国など、より優れているものに謙虚に学び、国内に採り入れていくという本来の「日本の伝統」に忠実であるべきだ。

●米国とアジアの伝導体の役割を果たせ

二十一世紀に入ったいま、日米安保は単に堅持するべきものではなく、むしろ将来を見据えて日米同盟の中身を再定義し、発展させていくべきである。その意味で、日本の乗り越えるべき道は、いかにこれまでの日米安保からの「卒業」を果たすかにある。

戦後永きにわたり、日米安保体制は、わが国の軍事、外交のみならず経済(ドル依存)に及ぶまで、米国への従属体制と、事実上の被保護国としての位置を固定化させた。そして1955年の保守合同によって、冷戦下における対ソ防波堤としての役割を、自民党が引き受け、以降、日本の政治はそれを当然視してきた。その戦略が、敗戦国の日本に奇跡的な成功をもたらしたことは率直に評価すべきである。

だが、中国が急速に台頭し、イスラムを含む多様な価値体系を持つアジアの経済的、民主的な発達と成熟が進むなか、日本が事実上の安全保障上の被保護国としてスポイルされたままでいると、逆に、中長期的なアジアの地域安全保障の均衡を崩す存在になりかねない。つまり、日本は中国と米国、アジアと米国などの潜在的な衝突を生まないような伝導体としての役割を持つ必要がある。特に、中国は、沿岸部の急速な経済的な発展の陰で、民族紛争など影の部分を多く抱えていることも事実であり、アジア地域の潜在的な不安定要因にもなっている。その観点からも、日本はアジアの将来の秩序形成をリードすることが期待されている。

そうなれば、日米安保条約を、現在よりもより双務的かつ一般的な同盟条約に格上げすることが必要になるかも知れない。これまでの日米安保条約を「卒業」し、日本を「青ニ才」から「社会人化」させ、役割と責任を高めるのである。つまり、憲法の改正を含め、集団的な自衛権の行使を国内的にも国際的にも理解されるよう努力することが、結果として、米国のみならず、中長期的な中国、アジアの利益にも合致するのではないか。

●日本の判断基準を確立せよ

米国や中国とどう付き合うかについては、こうした地政学的な背景を踏まえて、日本が主体的な判断基準を持つことがもっとも大切である。国連の枠組みなどの国際的な協調体制を形作ることはもちろん重要であり、最大限の努力を払うべきだが、同時に日本は安全保障理事会の常任理事国を目指して※3、より積極的な役割を果たしうるように独自の存在感を高めることが大切である。そのためにも、一票を持つものとしての判断基準を持ち、行動と責任を果たすことが先決である。

北朝鮮の現政治体制が、過去に拉致問題という日本国民の安全の根本にかかわる重大な問題を引き起こしただけでなく、現時点でも国際的な安全保障に対して、リスクをもたらす存在であることが事実である以上、北朝鮮の政治体制をいかに民主化させ、わが国と共通の価値を共有できる存在に変化させるのかという点に、わが国の戦略上の焦点が置かれるべきである。そのためには、日朝間の交渉だけではなく、さまざまなチャンネル、そして手段を通じて、厳しく政治体制の変化を見極めながら、朝鮮半島の新たな民主的な国づくりの支援を通じて、日本は、東アジアの安定に寄与すべきである。

●「公」が個人一人一人の心にやどる社会に

戦後、私たちは、「公」イコール「官」として、官僚にのみパブリックな役割を求めながら、個人が一人一人果たすべき公共の利益を定義することを避けてきた。民法第34条※4で、公益法人を設立するに際して「公益」の中身を決めるのは役所だ、と書いてあるのは、その端的な例だろう。本当は、個人一人一人の中に「公」と「私」が共存することこそ、健全な社会だと考える。阪神・淡路大震災のときに自発的に集まった多くのボランティアや、ワールドカップの夜が明けた渋谷の街を掃除する若者の姿を見て、もはや「公」は一部の官僚だけが決めるものではないと確信した。

古くからの街並みを歩くと、一軒一軒どんなに小さくても庭に花を植え、緑の生垣をきちんと手入れしている。丁寧に、大事に、自然と共に生きながら、みな調和する美しさを自然に身につけていると思う。一人一人無理のない範囲でできる役割を果たす---こうしたことが、一人一人にやどる「公のこころ」であり、美しさや誇りを共有することにつながる。いま見直すべき教育の原点がここにあると思う。


※1 躍動する中国
1978年、改革開放路線に転じて以来、中国経済は目覚しい成長を遂げた。GDPペースの指数で1978年を100とすると、2001年は792.7。23年間でじつに8倍の規模に達した。近年も、世界経済の減速にかかわらず、7〜8%の高成長率を維持している。

※2 1940年体制
わが国の構造改革が遅々として進まないのは、日本社会の基盤に、1940年前後に構築されたいわゆる戦時体制が、いまも根を張っているからだ、という説がある。青山学院大学の野口悠紀雄教授はこれを「1940年体制」と名づけ、年功序列や集団主義を中心とした企業経営のあり方、官僚主導の中央集権体制など、今日「日本的なシステム」といわれるものの多くが、この体制の残滓であると指摘した。

※3 安保理常任理事国入りについての姿勢
2002年5月14日、小泉純一郎首相は衆議院予算委員会における答弁で、国連常任理事国入りに慎重姿勢を示した。(常任理事国の米、露、英、仏、中はいずれも国際紛争を解決する手段として武力行使を放棄していない。日本は放棄している。常任理事国になり、「日本も同じようなことができる」と国際社会に思わせてはいかんし、常任理事国入り後、国民に「常任理事国なんだから当然」と理解を強制してはいけない。事前に日本が武力行使をしないと説明し、その他の面で今の理事国より国際社会に貢献できる点があると理解を求めるなら結構だ)(毎日新聞2002年5月15日付)

※4 民法第34条
「祭祀、宗教、慈善、学術、技芸其他公益ニ関スル社団又ハ財団ニシテ営利ヲ目的トセサルモノハ主務官庁ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト為スコトヲ得」---1世紀以上も前の1898年(明治31年)に施行されたこの法律が、公益法人設立の根拠とされる。しかし、そもそも「公益性とは何か」が、条文には明記されておらず、設立許可も主務官庁の裁量に委ねられている。