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東京新聞-2007年12月23日掲載記事

"挫折"安倍政権の中枢 結果出したが説明足りず

 振り返って、考えれば考えるほど、私たちはよく働いた。結果も出していった。ただ、たいへん残念ですが、十分に評価されなかった。国民に対する説明が不十分だった。ここはよく反省しないといけない。

――参院選の与党惨敗について率直に反省の弁を語る。改憲のための国民投票や教育改革に関し安倍政権は確かに「結果」を出した。ただ、採決の強行を繰り返すなど急ぎすぎの印象も
 それは解釈の問題。結果的に成立させておいて良かったという法律ばかりです。年金時効撤廃特例法や社会保険庁改革関連法は、年金不信解消に不可欠なもの。教育改革では、高校必修科目履修漏れや、ゆとり教育による学力低下などの問題が待ったなしになっていた。国民投票法にしても、与党と民主党の実務者間では(内容に)合意するなど議論は成熟していました。

――野党側は年金、格差問題などへの政府・与党の施策が不十分だとして支持を集めました
 年金記録不備問題は7月5日に総合対策を打ち出したし、格差対応では「成長力底上げ戦略」を2月に明らかにし、国会で十分議論してもらった。しかし、政治の基本は、国民の皆さんに「政府は自分たちの問題をちゃんと分かっている」との信頼感を持ってもらった上で将来のビジョンを示し、そこに到達する道順をきちんと繰り返し説明すること。いずれも及第点ではなかったのかもしれない。野党側にとっては問題点の指摘は簡単。それを上手に、繰り返しおやりになったんですね。そのまま、どーっと投票日までいってしまった。

――閣僚の不祥事も与党への不信感を高めました。人事も含め危機管理に問題があった?
 結果として、いろいろ問題を起こした方がおられた。年金記録など過去の問題が一気に表面化した側面もあるが、そういうものも管理しなくてはいけないのが政治。運が悪かった、なんて言っていても始まらない。

――あらためて、初の戦後生まれ首相が目指した政治とは
 小泉政権は経済危機の下、一点突破型で郵政民営化とか壊す改革を続けてきた。それはたいへん意味があったが、壊した後のビジョンが見えない、とよく言われました。それを見せながら「つくる改革」を手がけようとしたのが安倍改革。少子高齢化の中でも経済が安定成長し、社会保障も先が見える国。対外的には、世界平和に貢献できる国に変えていこうとのイメージを持ってやっていました。

――突然の退陣表明はどう受け止めましたか。なぜ、参院選直後ではなかったのですか
 テロ特措法延長を身を賭してでも、という気持ちがあったのは分かるけど、あの時点での退陣は私も全く予想しなかった。ではなぜ選挙直後に辞めなかったのか、に答えられるのは(本人)一人しかいないですよね。

――周囲が後押ししたのでは
 われわれは押しつけてはいません。総理が決断されました。

――ではなおのこと、辞めないでいてほしかったのでは
 いったん辞めないと決めたら、責任を果たしていくことが大事ですよね。体(調)が許さずやむを得なかったのでしょうが、それが許すなら、厳しいいばらの道を歩んででも、責任を果たしていくことが政治家のとりるき道だったのでしょう。
(聞き手・白鳥龍也)